読めない心12
「このまま死なないように、ゆっくりと撃ち続けていく。言いたい事は分かるだろう」
「どうして私を撃てる……どうして……」
「……」
もう一発、反対側の肩に打ち込むとシュバルツは呻き、のたうち回った。出血が酷い。
「おかしい……何故……」
「おかしいのはお前の方だ。この状況で何故俺が躊躇すると思う。撃てないなら銃など持ってこない」
「この世界の人間は、私を銃で撃てたりはしない」
「さっきも言っていたな。なんでそんな事、確信を持って言える」
「それが理だからだ。この世界の人間は私を傷つけられない」
「親子揃ってネストに押し込まれていたくせによくそんな事が言える」
「……君は、ポールがネストを脱出する時、本当に特別官に見つからずに上手くやったと思っているのか」
「何を言っている」
「いくら管理が杜撰でも人一人いなくなるんだ。異物であった君ならいざしらず、管理されているネストの人間がそう簡単に出られるものかね」
「だから、何が言いたいんだ」
「バレていたんだよ。そのうえで見逃されたんだ。その時ばかりじゃない。ポールは普段からも虐げられる事はなかったし、夜、食べ物を盗みに行く際も見て見ぬふりをされていた。シュバルツはそういう存在なのだ。でなければ五体満足でここまでこれるものか。皆、シュバルツを傷付ける事などできはしないんだ」
「だったらこの状況はなんだ。お前の両肩は撃ち抜かれ死にかけている。それに、ネストでお前は殺されているだろう。妄言はいい加減にしろ」
「シュバルツの意志はポールに継承された。子供が生まれ、私はシュバルツではなくなった。それはいい。しかし、今私は再びシュバルツとなった。撃たれるわけがない。君が特異点といっても、この世界に生まれたのならば、そんな真似ができるはずがないんだ」
「……」
話にならなかった。しかし、自分でもどうしてシュバルツを撃てたのか疑問だった。身体の底から拒絶しているというのに、どうしてだが引き金は軽かった。相反する意思の中で、実に簡単に実行できてしまったのだ。あたかも母親を手に掛けるような悲痛を味わいながらである。
「君は本当にこの世界の人間か?」
「そんな事はどうでもいい。どうやって人工衛星を爆破するつもりだ」
「教えたら、答えてくれるのか?」
「知ってどうする。この出血では、お前は助からない。なにもできないぞ」
シュバルツの両肩からは、弁の壊れたタンクのように血が溢れ続けていた。恐らく動脈に当たったのだろう。俺には医療知識もなく、この場には救護道具もない。助かる見込みは皆無である。
「知りたいんだ。君の存在を。いったい、君は何者なんだ」
「……」
目が合ってしまった。
死にかけのシュバルツからの願い。光が失われていく瞳を前にした俺は、断る事ができなかった。
「……俺は、他の世界から転生してきたんだ」
「転生……そうか、それが特異点の正体か……観測者が送り込んだのは、そういう存在だったか……なるほど。それであれば、シュバルツを撃てるのも頷ける……身体はこの世界でできあがったものであっても、意思と精神は別物だから……」
「さぁ答えたぞ。次はお前だ。どうやって星を爆破するつもりだ」
「それこそ、知ったところでどうにもならないが、聞きたいかい?」
「早く教えろ!」
「……ネストさ」
「なに?」
「私が整備、点検したネストに遠隔で細工をしたんだ。プログラム起動後、惑星に向かって移動するようにね。それが激突すれば、この世界はお終いだよ」
「馬鹿な。そんなものすぐに観測される」
「人工惑星の脆弱性はまだ解消されていない。プログラムの構築上、根本的な不具合がある。私はこの研究室で、ずっと調べてきたんだ。そして、クラッキングは既に実行された。脆弱性のあるポイントから管理システムに侵入し、人工惑星の探知機能をカットした。目視で確認する頃には間に合わない」
「だったら今すぐ管制に連絡を入れるまでだ!」
「そうだね。あと三時間でなんとかできるならそうするがいい」
「三時間……三時間後に衝突するのか?」
「だから言っただろう。遅かったと」
「確かに残り僅かだが、三時間もあれば解決できる。デバイスで連絡を……」
「無駄だよ。ジャミングを張っている。どこにも連絡などできない。そして……」
出入口の奥から重い稼働音が聞こえた。
何が起こったのか、この状況なら、他にない。
「通路を塞がせてもらった。気の毒だが、ここまでだ。水と食料はある。一人の世界に飽きたら、手に持っている銃で死んだらいい……」
「おい! 待て! どうやったら止められる! おい!」
「……」
返事がない。シュバルツの元へ行き身体に触ると、その肌は鉄のように冷たかった。脈を測るまでもない。死んでいる。
「……どうしたものか」
デバイスを取り出す。モニタには圏外を意味するアイコンが表示されている。シュバルツの言う通り、ジャミングが張られているようだ。工具さえあればなんとかなったかもしれないが、通路の前に置いてきてしまっている。一応研究室にあるコンピュータにアクセスし、シュバルツの死体を使って突破できないか確認したが当然のように対策済みであった。また、コンピュータ内のデータも削除されており、ネットワーク回線にも接続できない。
ここまでやって、こんな終わり方をするのか。
俺は膝を折った。
外部機構により発生する人工重力は本来妙な浮揚感を伴うものだが、この時は何倍も重く感じられた。
もう駄目だ。何をしても助からない。俺のやってきた事は無駄だったし、誰も助からない。
どこで間違えた。どうすればよかった。頭を過ぎる後悔。しかし思うだけで原因は導かれない。考えたところで無意味だったし、そんな気力もなかった。
……
これまで積み上げてきた事が崩れ去り、俺の精神はとうとう潰れてしまった。今更どうする事もできないのであれば、あれば……
「……」
銃を握る右手だけ、力が入る。
どうする事もできないのであれば……
死ぬしかなかった。
こうなれば世界が終わる前に自ら命を絶つしかない。誰も助ける事ができなかった俺の無力を恨みながら、贖罪の言葉をあげながら、俺は死ぬ決意をしたのだった。
……
手にした銃を目の前に掲げる。口を開き、そこへ突っ込んで引き金を引けば一撃。死ねる。死ぬ。死ぬしかない。絶望もなにもなかった。そうする以外の運命がないように感じられたのだ。
聞きなれた声が頭に響いたのは、砲身を俺の顔に向けた瞬間だった。
“ようやく繋がった……なんだったんだいったい……あれ? どうしてこんなところにいるんですか?”
脳に直接届く不快感。コアだ。コアが俺に語り掛けてきたのだ。
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