読めない心11

 自動運転で数時間。着港後、機材と小火器を入れたトランクを積み込みモービルで船外へ出る。


 その際、ベースの奥に小さなシャトルが一機停まっているのが見えた。民間企業製で自家用のものである。識別番号は、レンタル用に割り振られたものだ(下三桁で識別可能である)。




 ……手間が省けたかな




 入港にはIDの認証が必須で、一部の人間にしか発行していない。その一部の中でこんな場所へとやってくる人間は、一人しかいなかった。








 港を出てモービルで移動。途中、何度かデバイスに受信と着信があったが全て無視。役員共の小言には付き合っていられない。制限速度の定められていない道を全速で進み、中央施設へ到着。進む先はあの行き止まり。隠し通路のある場所である。




 やはり、開いている。




 研究室に繋がる隠し通路は既に開いていた。前回、帰り際にシュバルツが閉じていたのは確認済みである。無理やり開けるために持ってきた道具は不用となったが、万が一に備え銃だけ手に取る。いつでも撃てる状態。できれば撃ちたくはない。また、撃てる気もしない。人の命を奪う事が、シュバルツを殺す事ができるのか。この世界と天秤にかけても答えが出ないままに、研究室へとたどり着いたのだった。




「思ったよりも遅かったですね」




 シュバルツは部屋の最奥。恐らく、彼の父親が、今の人格となっている人物が座っていたであろう椅子に腰を掛けていた。




「ここに来る事が分かっていたかのような口ぶりじゃないか」


「コピーしたデータが消えたんです。オリジナルを見たくなるのは至極当然の心理ではないでしょうか」


「データが消えたのはお前が張った罠だったか」


「一応、世間に出たらまずいものですからね。ファイル展開して一定時間が経過しても生体認証がなされない場合、読み取っているデバイスもろとも初期化するコードを仕込んでおきました。もっとも、あのファイルの内容を読んだところで誰も信じないでしょう。人格のコピーや別世界の話など、古典的過ぎてコメディにすらならない」


「できの悪い演劇ならまだいい。しかしこれは現実だ。答えろシュバルツ。お前はどちらのシュバルツだ」


「どちらの……という問いは不適当ですかね。私達シュバルツは身体こそ離れていますが心は常に同じ。全員が共通の意識、共通の精神です」


「お前の子供は別だろう」


「同じですよ。ポールは私の意思を継いでくれた。そして、私と一つとなった。彼もやはり、私達と同じシュバルツです」


「もう少し論理的な話ができると思ったんだが、ただの狂人か。この先、狂った人間が何をする気だ」


「私は正気ですが、それを貴方に証明する手立てはないし、その気もない。どちらでもいいんです。私にとってはね。しかし、この先何が起ころうとしているか説明はいたしましょう。貴方の世界の言葉でいうと、“冥途の土産”というやつでしょうか」


「やはり、お前が三つの人工惑星を同時に爆発するのか」


「……どこでその情報を?」


「そんな事はどうでもいいだろう。それより、爆発を止める方法を教えろ」


「待ってください。私はこの計画を誰にも教えていないし何処にも記していない。どうして貴方が爆発の事を知っているのですか?」


「お前に教える義理はないな」


「……! なるほど、なるほどね。観測者ですか。貴方は観測者の差し金で、特異点としてこの世界に生まれたというわけですね?」


「……」


「観測者、観測者か。どの世界のシュバルツも薄っすらと、深層の中でその存在を疑ってはいました。しかし確証がない。確認のしようがない。どうしようもない。その不確かな存在の証明が今、こうして目の前にある。これは……これは素晴らしい! 私の世界が滅びる前に認識ができた! 私の世界で処理する事ができた! これは素晴らしい! あぁ、これは素晴らしいぞ!」


「喜んでいるところ悪いが、俺はこの世界をみすみす滅ぼすつもりはない」




 俺は手にした銃の照準をシュバルツに合わせた。




「私を殺したら爆発の止め方が分からなくなりますよ?」


「どの道教える気はないんだろう。なら、お前を生かしておいても何一つメリットがない」


「その考えは正しい。けれど、貴方は私を撃てない。貴方は私を傷つけられない。貴方は私を殺せない」


「俺はずっと、ネストの人間を解放するために今日までやってきたんだ。彼らが自由に、平和に生きられる世界を作るためになんでもやってきた。そのためなら、今更、人を一人殺す程度……」


「シュバルツのいる世界に生まれた人間は、その世界のシュバルツを殺せません。危害を加える事もできません。貴方にも思い当たる節があるでしょう。シュバルツが堪らなく尊く、象徴的に感じていた時の事を」


「……俺は本気だ」


「それならば撃てばよろしい! さぁ、撃ちなさ……」




 言葉が全て出る前に、シュバルツの肩から鮮血が吹き出し滴り落ちた。銃撃が命中したのだ。




「馬鹿な……私は……私を撃つなんて……」




 胸が痛んだ。吐きそうだった。心臓がズタズタに引き裂かれたような思いがした。しかし、俺は撃った。ネストの人間のために、引き金を引いたのだ。


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