読めない心9

 記憶のコピーについて。

 海馬を接続し電気信号でニューロンを誘導する事により記憶のコピーに成功した。 


 被験者の一人に私の記憶をコピーしたところ、私しか知り得ない幼少期の記憶や技術的な専門知識を有している事が認められた他、当該実験についても理解を示しており非常に強力的な対応を取った。

 当初、被験者には時折手の震えや身心喪失といった症状が現れていたが時間経過により薄れ、次第に安定化。接触しても問題ないと判断したため、被験者に質問をした。内容は下記にまとめる。




「元の人格や記憶はどうなっているか」


「(人格や記憶が)なくなったわけではないが、本で読んだような感覚。共感や同情を覚えるも他人事であり、現実的の感情と乖離している」


「趣味や趣向の変化は見られるか」


「私(シュバルツ)と同様である。しかし、しばらくは被験者が好む物を欲していた」


「コピー直後、意識はどうだったか」


「数分間混濁していたが、すぐに整理できた」


「体調不良や精神への異常はないか」


「被験者が抱えていた不調以外に問題はない。しかし、自分が知っている体ではないため違和感や喪失感はある」


「生存欲求はあるか」


「ある。私は誰よりも長く生きなければならない」



 以上。

 



 被験者にはバイタルチェックの他、脳波マッピングと血液検査も実施。いずれも異常なく現在でも生活を続けている。


 当実験は現状において専用のジャックを用いて実施。今後、脳波を指向し、物理的な相続が不要な方法を研究していく。なお、ジャックによる直接接続方式であれば旧時代の科学技術でも再現可能である。別の世界のシュバルツにも使えるだろう。






 ……なんだと?




 別の世界のシュバルツ。

 ファイル内には確かにそう書かれていた。


 ファイルの記載内容から想起されるのは、エニスで死んだ魔王ヨハン・シュバルツである。

 コアによれば脳に電気を流し他人へ記憶をコピーして長い年月を生きたという話であったが、よもや、この世界に生存していたシュバルツの研究成果がそのままトレースされたというのだろうかと慄く。そんな事が可能なのか。他世界に干渉するなど、人の領域から大きく逸脱している。




 続きはまだあるが……




 ファイルに入力されているデータはまだあった。だがそれを読んでしまっていいのだろうかという葛藤が生まれる。記載内容にある脳波での記憶コピーが実用化されていて、シュバルツが父親の記憶を受け継いでいたら、彼が姿を消した理由や行方などを推理できるかもしれない。しかし、知れば引き返せないような事実が記載されている可能性がある。世界の秘密や、同時多発的に滅びようとしている異世界になにがあったのか……






 ……いや、違う、そうじゃないだろう。




 深く息を吸い、精神と思考を整える。

 不安から逃れるために消極的となっていた心理状態を一度ニュートラルに戻して冷静になると、読む以外の選択肢が浮かばなくなる。仮にこのファイルが異世界についてほんの僅かでも触れられているのであれば、何度も強制的に転生する俺にとって有用な情報となり得る。

 文脈から察するに、他の世界にもシュバルツがいて、複数世界からの情報を得ている可能性があった。アンバニサルのシュバルツが持つ記憶と知識だけでも現代日本レベルの文明に持ち込まれたら大きな影響を与える。これは看過できない。上手く立ち回るためには、少しでも情報が必要だ。また、上記の通りシュバルツの行方の手掛かりにもなるかもしれない。俺は再びデバイスに目を向け、テキストを追っていった。





 各世界のシュバルツ。

 記憶のコピーに成功した日から、私の中には確かに、他世界にいるシュバルツの意思と記憶が入り込んでいた。シュバルツ記憶を各世界に送信したシュバルツがいたのだ。

 当初は病気を疑ったが、明らかに現実と思われるシーンが頭の中に入ってきた。原始、中世、近世、現代、その他不明。合計六つ。私の世界を合わせれば七つの世界のシュバルツの記憶が混在していた。各世界のシュバルツは共通してある目的を持っていた。それは、世界の滅亡である。生まれた世界を破壊し機能を停止する事が、我々の定めである。

 これは世界の意思であり、自浄作用に他ならない。全ての世界に苦しみがあり、不幸がある。怨嗟と悲嘆に満ちる世界などあっても仕方がない。私は、我々は、世界と世界に住まう人々を救済するために生まれたのだ。だからこうして他世界のシュバルツと繋がる事ができた。各世界のシュバルツの記憶を得たのは私の功績だが、それ以外の分野では他の世界の私から継承している。これは素晴らしい事だ。私は私だけではない。私だけだが、私達が仲間だ。

 七人で、七人の私で、全ての世界を救済しなければならない。人々を苦しみから解き放たなければならない。私は、我々は、そのために生まれてきたのだ。




 ……




 まるで狂人の日記である。

 俄かには信じる事ができない。シュバルツが誰かの記憶を自分にコピーした結果、精神に異常をきたしたと考える方が妥当だろう。


 だが、シュバルツの名を俺は知っていた。中世世界の魔王として世界を滅ぼそうとしていた錬金術師を知っていた。単なる偶然にしてはでき過ぎている。それに、各世界にいるシュバルツが暗躍して世界を滅ぼそうとしているのであれば、それぞれの世界が週末を迎えようとしている理由としても説明が付く。




 根拠もないし、突飛だが……




 それでも、ファイルに書かれた内容については事実であると思った。途方もない事象を前にして考える事は無意味である。ただ直感で、俺はそう信じたのだ。


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