読めない心8

「いったい何があったんですか」


 ネストから帰還した翌日の夜。ユーリから、シュバルツが消えたという連絡が入った。無断欠勤のため部屋に訪れたがもぬけの殻だったという。しかも、会社に溜めていた金(恐らく脱税目的にプールしていたもの)もなくなっていたそうで、言葉を選びながらも大変な動揺と怒気が感じられた。当初は黙って聞いていたが、続くにつれてまるで俺が諸悪の根源のような言い方をしてきたため「じゃあ警察に任せましょう」と言い出すと急に歯切れが悪くなり謝罪もなされた。シュバルツと金について探られてまずいのはユーリの方であるから、大事にはしたくなかったのだろう。




「とにかく、何かわかったら連絡してください」




 ユーリはそう言って一方的に通話を切る。既に結合カメラは納品済みであったから彼がどうなろうが仔細なく、計画への影響もないと思われたが、巻き込んでしまっている以上は使い捨てるわけにはいなかったため、契約金と今後の発註について検討するよう役員に連絡しておいた。企業規模と業務内容を考えれば相場から乖離があったがそんなものはなんとでもなる。それよりも、シュバルツについてである。念のため本人にメッセージを送ってみたがやはり返信はない。不安と落胆が強く苛む。




 どうしてこう心を乱される。




 シュバルツの存在は危険である。手の届かない場所へ行って俺の秘密を暴露されたら全てが終わる。その場合、当然シュバルツ自身もリスクを背負うわけだし、そもそもメリットもないのだからまずリークなどされないと頭では分かっていたが、俺はヤーネルを裏切り、また、財政界で暗躍しているから、過剰にシュバルツの動向に気を揉んでしまっていた。そして、それにも増してシュバルツがいなくなった事に、酷く悲嘆している自分に気がつく。どこへ行ってしまったのか、また会えるだろうかと、まるで親とはぐれた子供のように彼を求めていたのだ。秘密の共有者がいなくなった事による心理的負担が思いの外大きかったとこの時は納得させていたが、それだけでは説明できない感情の隆起であった。しかし……




 しかし、しかしやらなければならない。




 既に個人的な感情で投げ出せる規模ではなくなっている。行くところまで行くしかない。俺は、改修したネストの設置スケジュールを前倒しで行う旨をウィルズに報告した。当初の予定から変更し、全機での稼働を待たず、先にテストをクリアした数機のみ配備して後から拡張するパターンでの運用に切り替えるのだ。




“スケジュールの変更は承知しました。しかし、急じゃないかな”


“リスクヘッジです。何かあった際、前後に分けて運用した方が対応しやすいですから”


“それはそうだろうけれども、急な変更はコストがかかるよ。現場への説明もしないといけないし”


“織り込み済みです。当初から全機改修後に稼働させるか後付けで拡張するかで悩んでいたのですが、作業状況と保全の観点から後者のパターンに決定いたしました”


“分かった。君がそう言うのであればそうしよう。もうネストは君の所有物だからね”


“ありがとうございます。つきましては一つお願いがございます”


“なにかな”


“ネストへの物資配給につきまして、こちらも前倒しで実施できないかと”


“これも急だね。前の契約がまだ残っているから、それは難しいよ”


“完全切り替えというわけではございません。試行として、一部実施したいのです。というのも、事業開始の前に試行をしたく。契約切り替え後に実施するよりもスムーズかなと”


“それについては君の方から話をしておいてほしいね。向こうだって面子があるんだから、筋は通さないと”


“勿論です。この後すぐにメッセージをお送りいたします”


“それじゃあ、向こうが承諾したらまた連絡をしてください。一応、書類整備などは進められるようにしておくから”


“恐れ入ります。よろしくお願いいたします”




 メッセージのやり取り完了後、前任の企業と交渉し、シャトル一台のみ随伴する承諾を得る。随分渋ったが、こちらの仕事の一部を移管する事で手打ちとなった。また役員にどやされるなと思ったが俺の使命は一つ、ネストの解放であるからそれ以外はどうでもいい。シャトルに積むコンテナには当然結合カメラを仕込む予定。これで、ネストの暴挙が全世界に配信可能となるわけだ。計画を早めた理由はシュバルツの失踪である。ネオラブルにはソフトウェアの適合化を依頼していたのだが、ほぼ全ての作業をシュバルツが手動で行っていた。その彼が消えた以上、進行の遅延が発生するのはほぼ確実である。であれば、現状完成しているものだけで先に動かした方が合理的というものだ。




 これ以上。時間をかけるわけにはいかない。




 俺は急いで事業計画の修正に着手しようとデスクに向かう。が、その時、ネストでコピーしたファイルの事をふと思い出した。



 ……どうしようか



 どう考えても仕事を優先すべきだったが、あの時に感じた嫌な予感に引っ張られた俺はファイルの中身を確認すべくデバイス内のファイルを選択。解錠ツールを利用し、解析に成功。内容を確認した。


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