読めない心7

 室内は人が生活していた痕跡があり、物が散らばっていた。連行された当時のままになっていたのだ。




「当時、部屋で本を読んでいる時に警報が鳴ったんですよね。怖くて隠れていたんですがすぐに見つかって、軍人に銃を向けられました」


「全員連れていかれたのか?」


「抵抗して何人か殺されたようです。外に出ると、死体が転がっていましたね」


「……」


「あ、すみません。聞かれてもいないのに」


「いや、ちょっと言葉が出なかっただけだよ。もしよければ、詳しく聞かせてほしい」




 中学の頃、修学旅行で戦争経験者から当時の状況を聞く時間があった。語り部と呼ばれる老人の話は非常に生々しいもので、十分に当時の悲惨さが伝わってきたのだが、シュバルツの述懐はそれ以上だった。十数年しか経っていないリアルな体験談であるから当然だろう。道中彼の口から聞く内容はどれも筆舌に尽くし難かった。




 早くネストを解放しなければ。



 

 シュバルツの話を聞き、改めて自身の中でそういう思いが強くなった。しかしこれは正義からくる信念というわけでもない気がする。ネストの解放を掲げる事は、ヤーネルを裏切り、悪政に加担する事への免罪符として自身を納得させるための姑息な言い訳と捉える事もできる。当時の俺は本気でネストの救済を考えていたはずではあるが、一部の邪もないとは言い切れない。俺はそこまで、強くはない。




「おかげで、改めて覚悟が決まったよ。迷いはなくなった」




 言い聞かせるようにそんな事を言ってみせる。救済者、英雄、救世主……様々な言葉で自分を偽り、自らの罪から目を背ける。空虚という以外にない。




「……あの、失礼な事をお聞きするのですが、ヤーネルさんを売ったというのは本当ですか?」


「……本当さ。ただ、分かってほしいのは……」


「大丈夫です。全てネストの人のためにやってくれているというのは承知しています」


「……ありがとう」




 シュバルツの前で、俺は悲劇のヒーローを気取った。ワイタ―あたりが見たら滑稽だと笑うだろう。俺自身もそう思う。全て自分がやった事、誰に強制されたわけでもない、自身の行動により起きている状況である。誰に責任を被せられるものでもないし、誰かの責任を負っているわけでもない。俺が勝手にやって勝手に苦しんでいるだけだ。くだらない喜劇としては、そこそこのできだが、自分が主役であるという事実に慚愧の念が強くなり意識が内に籠ってしまった。シュバルツが歩を止めた事に気が付いたのは彼の背中にぶつかる手前であった。






「この先に父の研究室があります」




 室内の奥。廊下の終わり。三面を壁に囲まれた場所でそう伝えるシュバルツに俺は眉を顰めた。



「壁しかないが……」


「隠し通路があるんですよ。この部分を触って、しばらくすると……」




 シュバルツが右手を壁に当てて数秒経過すると駆動音と共に壁の一部分が床に吸い込まれていき道が出現した。




「生体認証が仕込まれているんです。皮膚からDNAを鑑定して、道が現れる仕組みになっています」


「電源死んでいるのにどうして動くんだ?」


「ここから先は独立した外部バッテリーで動いているんですよ。ネストを経由していないから単独で動きます。放っておいても百年は持つといっていました」


「なるほど」




 どうしてそんな事をする必要があるのか疑問に思ったが、その時は深く考えず、現れた通路を進むシュバルツの後ろをついていくと、電源の入ったコンピューターのある部屋に出た。思ったよりも、しっかりとした設備が整っていた。




「父はここで環境整備のシミュレーションや居住性の改善、最適化について研究していました。僕が仕事を手伝うようになった頃、この部屋に入る事を許可されました。もしかしたら、ネストの稼働にあたって役立つ情報があるかもしれません」


「それでここを案内してくれたのか。分かった。少し調べてみようか」




 俺達は部屋の中にあるコンピュータとデバイスを調べた。記載されている内容はネスト内における問題とその解消についての仮説がほとんどだったが、大半は容易に解決可能なものだった。ネストと人工惑星の間にはおおよそ数十年分の技術差があったようで、逆によくこれで人間が住めていたなとゾッとした。




 シュバルツには悪いが、あまり有用なデータはなさそうだな。




 ファイルを漁っている内に気怠くなり、俺は次第に内容を読み飛ばしていった。中にはタイトルを読んだだけでスキップした方が賢明であるというレポートも散見。「母星植物の特徴と育成方法」など興味もない。欠伸を噛み殺しながら流れ作業的に精査を続けていると、一つ、おかしなファイルが見つかった。




 ファイル名“シュバルツ”……




 自身の名を名称設定したファイル。形式はdoc(ワードのようなもの)で、パスが設定されている。解錠には外付けの生体認証用ハードウェアを通さなければならなかった。




 これもDNAを読み取る形か……しかも指の特定部分でしか認識されないよう設定されているな……




 隠し通路のようにシュバルツの生体情報で解錠できる可能性もあったが、嫌な予感がしたため、俺は該当ファイルを私物のデバイスにコピーし、格納されているフォルダを閉じた。その際、後ろに気配を感じた。




「……」




 振り返るとシュバルツが無言で俺を見据えていた。俺は思わず「うわ」と声を出してしまった。




「な、なんだ? なにかあった?」


「いえ、なにも」


「……」


「調べてみましたがあまり意味のあるデータはなさそうでした。時間の無駄でしたね。帰りましょう」


「……」


「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない」




 シュバルツの様子が変わっている事に気付いてはいたが、この時は家族と過ごしていた時の事でも思い出したのだろうと敢えて触れず、そのままネストを後にした。彼が姿を消したのは、その翌日の事である。


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