読めない心2
ヤーネルを売れば助けてやる。
ウィルズはそう言っているのだった。
「ヤーネルさんは国の発展に寄与してきました。それを除してしまうのは、些か……」
「そう見えるだけさ。彼は移民であり、この国の事など考えもしていない。自己の利益を優先するだけの金の亡者さ」
「ヤーネルさんとは利益の出ない福祉事業を共同で行っております。金の亡者という事はないように思えるのですが」
「それは彼のイメージ戦略の一つだよ。考えてもみなさい。たかが数億の金で市民からは“あの会社は社会について考えている”などと言われるんだ。彼よりもずっと前から募金や寄付をしている中小企業の社長や個人を知っているが、あれだけ大きく取り上げられた例はなかった。何故彼だけ声高に善人といわれるのか。それはアンデックスがそう見えるように仕向けているからだ。君も分かるだろう。それは」
「……」
ウィルズの言は一部真実である。確かにヤーネルは必要以上に宣伝に力を入れアンデックスと自身のイメージ向上に努めていた。だがそれは、確かに下品かもしれないが知名度が上がれば啓蒙にも繋がるし金と人も集まるからである。必ずしも自社利益のためのみにやった事ではない。
しかしそんな事は本質ではない。ウィルズはアンデックスとヤーネルがどのような思惑、理念を持っていようが関係がなく、ヤーネルを失脚させたいのである。
「ウィルズさん。ヤーネルさんが国益を損ねているという根拠を提示いただけないでしょうか。ヤーネルさんには個人的にも会社手的にもお世話になっておりますので、理由も知らないままに彼を裏切る行為はできかねます」
「……」
しまった、言葉が強すぎたか。
ウィルズの沈黙に一瞬焦る。
ヤーネルを失うのは痛手であるがウィルズとの友好を損ねるのもまずかった。法秩序に基づいたこの国で政府に真っ向から楯突くわけにはいかない。反対するにしてもやり方、伝え方がある。正しいだけではなにもできない。ここでウィルズが「ならば結構」と言い出してきたらアシモフグループは窮地に立たされていただろうが、幸いな事にウィルズは俺への協力要請を諦めなかった。
「知りたいかね」
「それは、はい」
「……アンデックスはディディールから派生した企業だというのは知っているね?」
「はい」
「では、ディディールが先の大戦で利敵行為をしていたというのはどうかな?」
「え?」
「人類がまだ母星に住んでいた頃、ディディールは戦争に対して反対の姿勢を示していた。政府としてもそれを縛る事はできなかったし、国民感情もあるから一意見として聞き入れ話し合いや会談の場も設けてきた。政治家だって好きで戦争がしたかったわけじゃないんだからね。しかしディディールは国民を扇動し、反戦から反政府へ思想を恣意的に誘導した。ディディールには多額の金が集まり、その金を難民支援や反戦プロジェクトという名目で敵対国に流したんだ」
「なぜそんな事を……」
「情報さ。ディディールは枢軸国の公になっていない情報を手に入れたかったんだ。それで、世情を操作し国民から得た金を対価とした。向こうからしたら願ってもない事だし、ディディールとしても非常に合理的な手段だった」
「なぜ政府は告発しなかったのですか?」
「決まっているだろう。政治家もディディールに情報を握られていたんだよ。各党の大物と呼ばれるような人間全ての家族構成から好物、ほくろの数まで把握されていた。下手に動けば政府は倒壊し戦争に負ける。国を守るためには、ディディールが暗躍をしていると知りながらも黙認するしかなかったんだ。そして、ディディールは解散。追及する事が難しくなったタイミングで敵が母星を破壊する程の攻撃に打って出てくるわけだ。これもあまりにでき過ぎているから、恐らく、ディディール側は事前に情報を掴んでいたんだろうね」
政治家になったら後ろめたい事をやらないといけないのかと思わなくもなかったが、そんな中高生が好みそうな正義についてあれこれと思案している暇はなかった。ディディールの過去や真相、ヤーネルの善悪などどうでもよく、どう決断するかひたすら悩んでいた。政府かヤーネル、どちらにつけばネストをより早く解放できるか。それが重要であり、考える時間が欲しかった。
「……ディディールの話は分かりました。しかし、ヤーネルさんが国益を損ねているという質問の答えにはなっていないように思えます」
「これは近々発表される事なんだがね。ディディールの流れを汲む企業は全て国営化されるんだよ。アンデックス以外ね」
「そんな強引な接収、この時代に認められるんですか?」
「既に各企業の代表は納得済みだよ。パイサイの神話も今は昔。現代社会をよりよくしていくために協力してくれと言ったら皆喜んで首を縦に振ってくれた。ヤーネル以外はね」
「その仰りようだと、協力的でないからヤーネルさんを貶めたいという風に聞こえてしまうのですが……」
「アシモフ君。ヤーネルは未だにパイサイを神格化している。もしかしたら、彼が引き金となってまた戦争が起きるかもしれない。そうなれば人類はもうお終いだ。その前に、不安の芽は摘んでおきたいんだよ」
「……」
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