読めない心1

 ネストへ配送する物資の納品元について、競争入札が実施される事となった。


 これまで委託していた企業の経営状態が傾き経営破綻したため移管先を定めるというのが政府からの発表であったが、世の中にはこんな風説が流れていた。




 “人工衛星所有の足掛かり? アシモフグループ、他社を倒産に追い込みネストへの物資供給事業を横奪か?”




 この曖昧な見出し、いかにもゴシップ紙の飛ばし記事然としているが、全面的に正しい。

 それまでネストの物資生産を請け負っていた食品加工会社や機械生産企業など数社に対して俺は潰し行為を行なっていた。新規事業を立ち上げ該当企業の仕入れ先に交渉。ブランドと金額で頬を叩き、鞘替えの提案は円満に受け入れられた。多額の費用を使って採算の合わないサービスを展開する名目は伝家の宝刀“社会福祉のため”である。

 基本的に自動生産であるため掛かるコストは人件費とマシンの部品程度である。とはいえ、経営計画が伴っていない赤字を計上するのは企業として不誠実。関連会社、関係者、出資者などからは不評を買い吊し上げられるといった事態にも陥ったが、のらりくらりと回避して業務を構築するに至る。謝罪コンサル、リスク回避コンサル、炎上対策コンサルなどに金を払った甲斐があるというものだ。

 さて、ここまで突っ張るという事は、当然業務の委託先は弊社に決まっていた。リベート。汚職。裏金。呼び方は多様にあるだろうが、やっているのは不正行為である。俺は金とコネを使い国から事業を買ったのだ。そして、当たり前なのだが、警察の目が光りはじめる。そればかりか、人工惑星所有の件もあって各国の諜報機関にまで睨まれる始末。叩けば埃が出る現状で追跡の手を回避していくのは骨が折れたし金が掛かった。また、金で動かない連中には脅迫材料などを集め圧力を掛けていった。情報戦はアンデックスの十八番。ヤーネルに協力を仰ぎ多方面から手を回していって一時的な鎮静化に成功はしたが、やはり金は掛かった。ここで掛かった費用についても説明責任が課せられ、またコンサルに金が流れていく。いっそコンサル業を立ち上げてそこに依頼すれば素晴らしいスキームが生み出せるのではと真面目に検討してみたがどうやら循環取引という立派な不正会計に該当するそうで頓挫した。子会社を介すといった抜け道で対策は可能だったが工数や労力が間に合わずに断念。無念である。

 この一連の流れには役員からの不満も募り「社長は変わってしまわれた」と正面きって抗議をしてくる気骨のある男も何人かいた(女性役員はこの時いなかった)。こうした人間のおかげで会社は発展、拡大できてきたわけであるから彼らには感謝と申し訳なさしかなかった。償いはするからどうか許してほしいと内心で詫びる。




「社長。いくらなんでもこれは……」


「すみません。ただどうしてもやりたい事なんです。今後のマネタイムズ、リスクヘッジ、もしもの時の保障もありますので、どうか……」



 そんな話をした時の専務の顔は、忘れられない。









 確実に進んでいく計画。もう後には引けない。何に変えてもネストを解放しなければならない。何かを犠牲にしたとしても、俺自身が悪になろうとも、完遂しなければならないミッションだった。









「忙しいところすまないね」


「いえ……」




 某日(何月何日かは忘れた)。俺は商務省副長官であるウィルズに呼び出されていた。




「最近、頑張っているようだね」


「恐れ入ります」


「人工惑星の件も現実味を帯びてきた。話を聞いた当初は笑ったものだけれど、いやはや感服だよ。君の手腕は大したものだ」


「恐縮です」


「しかし、それまでに随分と無茶をしたようだね。今のところ大事にはなっていないけれど、いつ爆発するか分からない。一歩間違えれば……」



 ウィルズは両手を握り、俺の前で大袈裟に開いてみせた。演技がかった、癪に触るジェスチャーだった。




「……ウィルズさん。申し訳ないのですが、僕は察しが悪いんです。どうすればよいのかご教授いただけますでしょうか」


「どうするのか。そうだね。私の意見としては……罪を認めて更生してほしい。それが望みだよ」


「……」


「ただね。若い君が野望を持つのは当然だし、バイタリティがあるのも私は知っている。その力は今後この国の発展に大きく寄与するだろう。それを考えると……これはあくまで、そういう考えもあるという事だけれども……ここで君の栄光に影が差すのは国としても不利益を生む。君の心次第だが、恩赦を与えるという道も……」


「幾らご用意すればよろしいですか?」


「あぁ違う違う。アシモフ君。違うんだ。我々は君から金を毟ろうというわけじゃない。君からの支援は大変助かっているけどね。一度だって我々から求めた事はないはないだろう?」


「はい、そうですね。失礼いたしました」


「分かってくれればいいんだ。我々はね。金のためじゃない国のために動いているんだよ」


「国益のために、私は何をすればよろしいですか?」




 なんだってやってやる。 

 


 ここまできたらなんでもできる。躊躇わない。絶対に計画を実行し、成功させてやるという気持ちでいた。しかし、ウィルズの言葉を聞き、胸が揺れた。





「……我が国に対して、非常に非協力的な人間がいる。国籍を取得しているが元は移民。言動や思想に問題があり、できるならば早めに芽を摘みたいところだが、一筋縄ではいかない。彼にはなるべく早く表舞台から退場いただきたいと思っている」


「それは、いったい……」


「アンデックスの代表、ヤーネルだよ。彼がいなくなれば、世に出ていない多少の悪さには目を瞑れるだろうね」


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