自由のために22
転がった酒と肴を卓に並べて膝を突き合わす。せっかく手を取り合ったのだから、今度は話をしたいというのが人情である。俺はまず、シュバルツがどうやってネストから脱したのかを聞いたのだった。
「多分、貴方と同じです。納品物の中に隠れたんですよ」
彼がいうには、ネストで生産している工業製品の中に紛れ密航したという。
そんな無茶なと思ったが事実としてシュバルツが目の前にいる。警備や関税はどうなっていたのか気になるところではあるが。幸運が重なったのだと納得するしかなかった。
「それでずっと中にいたら疲労と空腹。それと脱水で意識を失ってしまいまして、気が付けばソファの上で寝ていました。ユーリさんが助けてくださったんです」
納品された商品の中に倒れている子供がいたら即効通報しそうなものだがユーリはそうしなかったようだ。
「経緯は分かった。しかし、車の免許はどうやって取ったんだ。個人ナンバーの証明が必要だろう。まさか、無免許って事はないだろうね」
「……世の中、戸籍などの個人情報が邪魔だという方が結構いらっしゃるようでして」
「……」
犯罪の臭いしかしなかったがそもそも密入国している時点で(ロンデムの司法に照らし合わせれば)大罪であるし、そうでもしなければ生きていけないのだから、それを咎める事はできない。誰かを貶めたり損害を与える犯罪は罰せられて然るべきであるが生きていくために法に触れざるを得ないのであればそれはもう権利の行使である。法の下の平等とは法規のために死ねという意味ではない。
「もう一つ聞きたい事がある。僕を殺すために用意した狂気が何故ナイフなんだ。君ならばもっとハイテクノロジーな手法で確実に殺せただろう」
「その辺りのゴロツキの犯行に見せる必要がありました。仰る通り、爆殺や感電死、毒殺などの方法を考えましたが、用意しなければならない道具などを考慮すると全て足が付きそうでした。アナログで杜撰な犯行だからこそかく乱できると思ったんです」
「なるほど。しかしここに来るまでに監視カメラに映っていたら全て台無しじゃないか?」
「ルートに設置されたカメラについては特定の時間映像が差し替えられるようクラッキングしました。多少潤ってきたといっても財政破綻しかけた都市ですから、ところどころチープな部分があるんですよね」
「なるほど」
さすが技術職なだけはあると俺は舌を巻いた。まるで映画の世界だ。俺がこれまでやってきた工作が幼稚なもののように思え、恥ずかしくなった。
「僕からも質問なんですが、よろしいでしょうか」
「答えられる範囲であれば」
「アシモフさんは、どうしてネストを解放しようと思ったんですか?」
「……」
俺はシュバルツの問に、一瞬言葉を失う。
「すみません。答え難い質問でしたでしょうか?」
「いや、まぁ……そうだな……根本的な要因としては、友人に誇れるような人間になりたいというところだったけれど、それ以上に義務感というか、責務が強いね」
「義務? 関りのない人間のために、何の義務があるんですか?」
「……」
シュバルツの目を見て本当の事を言おうかどうか迷った。もし真実を話せば、同胞を、しかも敬愛していたであろう老人を見殺しにした俺を軽蔑し、憎むかもしれない。彼の眼差しに敵意が籠ったとしら。それは耐えられないような気がした。しかし同時に彼に対して嘘を吐くのもまた、憚られた。彼の前では偽りのない心でいたいと思ったのだ。
何故俺は、こうまでこのシュバルツという男に心動かされているんだ。
得体の知れないシュバルツへの信愛に対して抱く疑念。もしかしたらユーリも俺と同じような感情に囚われて保護したのかもしれない。
ともかく、彼は特別だった。虚偽か真実か、どちらを選ぶかはその人間の考え方によると思うが、俺は、後者だった。
「……ネストに着いた時、僕は倉庫で音を立ててしまった。すると、特別官がやってきた。黙っていてもいずれ見つかるが、喋る事はできなかった。服を見れば惑星の人間だと分かっただろうし、もしかしたら生きて出られるかもしれなかった。しかし、あの倉庫にある死体の山を見ている事が知れたらやはり口封じされる危険性も高かった。僕は黙っているしかなかった。その場で殺されるか、事故死に見せかけて殺されるかの二択に怯えていたんだ。そんな中、声を挙げた人がいた。はっきりとした顔は見ていないが、老人だった。彼はその後すぐに殺された。死んだのは多分、君が言っていた食料を持っていっていた人だろう。その人は、僕をかばって殺されたんだ」
「……」
「仕方なかったというつもりはない。けれど、あの場で名乗り出る事もできなかった。僕は結局自分の命を第一に考えたのさ。ネストの解放を謳いながら、ネストの人間を犠牲にして生き残ったんだ。その罪悪感から逃れるために僕は今生きている。人生をかけて罪の意識を消そうとしているんだ」
「……」
「……シュバルツ君。改めて言うが、僕はネスト解放のために動いている。その行動自体に偽りはない。もしこの計画が成功したら、僕を殺してもいい。だから、今は殺さないでくれ」
心音が上がっていた。反吐が出そうな緊張と苦しみ。牧師の前で罪を告白する人間と同じような状態だった。
「……僕も貴方を殺して保身を図ろうとした、同じ穴の貉ですよ。殺す権利なんてない」
シュバルツのこの言葉は赦しであった。
俺の喜びと安堵は、例えようがない。
「ただ、ネストは救ってほしいです。国籍や生まれ関係なく、子供が自由に生きられる社会を、おじいさんは望まれていました」
「勿論、全力で当たるよ」
飲み直しようの酒を空けると、目に光がチラついた。いつの間にか、窓の外は薄く明るくなっていた。深い夜が過ぎ、瑞々しい朝がやってきたのだ。これは勝手な解釈だが、天が俺に事を成せと言っているような気がした。ネストのため、シュバルツのためと……
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