読めない心3

 人一人を社会的に抹殺するというのになんともあやふやな説明であるがこれを鵜呑みにしてはいけない。この時ウィルズが話した内容は、“そういう形で処理をする”というシナリオである。あらゆる手段を使ってヤーネルを引きずり落とし、最終的に国家への反逆という汚名を着せて完全に息の根を止めるのだ。反対に、ディディール系企業を接収するという話については寝耳に水であったもののこれは事実だろうと思った。まるで戦中のようであるが、ベーシックインカムを始めとした政策は国を小さな政府から大きな政府へ戻していく作用があった。雇用と市場によって依存していた国民の生活基盤は変化し、遊んでいても最低限の金と十分な社会福祉を得られる時代である。格差の是正も教育も生活保障も全て国が管理しなければならない状態で国営を回すには権利と権限を強化せざるを得ない。これは破綻と隣り合わせなのだ。民間競争が軟化するという事は発展が遅れるという事。ここにどこかの国が革新的な発明をし、あらゆるシェアを独占してしまったら、国の経済は一気に傾きリカバリは容易ではなくなる。その対策として、巨大企業を政府管理下に置いて利益を直接国庫に入れるというのは合理的ではある。加えてディディール系の企業はほぼ情報産業であり世界各国で利用されているから、国営になった場合、国にとってこれ以上ない武器となるだろう。当然非難やサービス利用を控える事は予想されるが、内政への干渉は不可能。また、既にインフラとなっているから完全に除外する事はできないし、代替を作るには時間がかかる。各国が対応をしている間に新たな経済、技術政策を進めていけるというわけだ。用が済めばまた民営化すれば問題ない。というか、それ前提で動いていただろう。


 ここまで考えるとヤーネルを国賊へ貶めるのは、接収のための大義名分作りであったのだろうと予想できる。国家転覆を目論んでいた企業の代表を糾弾し、関連企業を政府の下に置いて監視、運営するという名目であればとやかく言われても正義を掲げて強行できる。ヤーネルは比較的若くアンデックスも企業として新しい。そのうえ知名度があって国民からも支持がある。スケープゴートとしてはこれ以上ない人材である。




「先ほども言ったけれど、当然、君にもそれなりのお礼はするよアシモフ君。聖書にこんな事が書かれている。預言者を売り渡した弟子は百の樽を満たす金を得て全てを得たとね」


「その一節は、“同時に全てを失い、永遠に満たされる事がなかった”と続いています」


「さすが、博識だね。だが今は時代が違う。信じるものも、得られるものも、そして神も姿を変えている。君が言った部分、今の時代にもし聖書が書かれたらこう記されるだろう。“全てを得た弟子は光に満ち満ちて永久の幸福に浸かった”とね」


「……」


「それにヤーネルは国賊だよ。似非の預言者、救世主だ。それを駆除してどうして不幸になる。国を守るために働き、地位も名誉も手に入る。なにを迷うんだねアシモフ君。君は英雄として私達に迎えられるんだ。これほど素晴らしい事はないだろう」


「……確認したいのですが、よろしいでしょうか」


「なんだね」


「今回の話は、政府のどこから降りてきているのでしょうか」


「それは無論、国からだよ」


「国から。なるほど。総務省が単独で計画して進めているというわけではないんですね?」


「先程も言ったけれどね。これはディディール系企業の国有化も絡んでいる話だ。省だけで進められる問題じゃない」


「接収に関してはそうでしょうが、ヤーネルさんを犠牲にする案はどうなのかなと」


「なるほど。ヤーネルの処分については、手柄を立てて政府内での権限を強めるために商務省が企てた計画だと思っているのかな?」


「……」


「さすがアシモフ君。優秀だね。察しがいい。その通りさ。しかし、そこになんの問題があるかな? ヤーネルが国賊である事に変わりはないし、協力してくれれば君へのお礼もする。その事実は変わりない。違うかな?」


「……少し時間をください」


「どれくらい?」


「一週間」


「駄目だ。私は既に、君に商務省の人間として重大な機密事項を喋っている。そんなには待てないよ」


「では、どれ程お待ちいただけますでしょうか」


「一時間。この部屋の中で決めてくれ。あ、デバイスの使用は認めないよ。外部に漏らされたら困るからね。もっとも。使おうと思っても既にジャミングを張ってあるから、回線に接続する事はできないがね」


「……」


「では、私はランチをとらせてもらうよ。貴重な一時間、しっかり使って考えたらいい。あ、そうそう。秘書を二人置いていくから、なにかあったら言いなさい。応えられる要望であれば応えよう」


「分かりました」




 ウィルズが出ていくと同時に、入れ違いで彼の秘書が二人入室してきた。「何か飲まれますか?」と聞かれたが断る。薬が混入している可能性があったからだ。




 一時間。外部情報も得られないし相談もできない。俺自身が、決断するしかないのか……




 不安が胸を襲った。選択するという重圧が心臓に大きな負荷をかける。やはり、俺は器ではないなと自身の惰弱さを腐した。


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