自由のために18

「お疲れ様。気分転換はできたかい」




 ネオラブルの応接室に戻るとヤーネルがソファでくつろいでいた。




「はい、おかげで頭がすっきりしました」


「結構。忙しいと思うけどね、睡眠はとった方がいいよ。思考が追いつかなくなるからね」


「そうですね。体調も悪くなりますし、いい事がない。昔、コーヒー豆を齧りながら徹夜で勉強をしたんですが、酷い有様でした。鈍い頭痛が続くし、目から入る情報の刺激が強すぎて目眩や吐気の症状が出ていましたね」


「私も似たような真似をしたよ。それで同じような目に遭った」




 睡眠時間を削り不調に耐えながら勉学や業務に勤しんだというエピソードは経営者にとってポピュラーである。




「今は眠れているんですか?」


「前よりはね。ただ、平均よりは少ないだろうね。嬉しい事に仕事が多く入るんだよ。優秀な部下が大部分を処理してくれるけど、それでも代表承認は任せられないから、毎日止め処なく送られてくる稟議書や契約書を読んでサインを書く毎日さ」


「やはり、社用車で移動された方が効率的なのでは?」


「公共交通機関の利用は私の趣味だよアシモフ君。趣味に時間を使うのは、悪い事じゃない」


「はぁ……」


「君は何かないのかい。趣味とか、好きなものとか」


「ないですね。どうにも生き急ぐ癖があるようで、物事を楽しむ余裕が中々」


「それはよくないね。楽しむ事ができないと発想が萎んでいくよ」


「寝る事も遊ぶ事も、諸々一段落ついたらですかね……あぁ、ところでヤーネルさん。もし人工惑星が爆発したら、その後の事って想定されていますか?」


「……どうしたんだい急に」


「いえ、今、当たり前のように生きているわけですけれど、母星と同じようにロンデムや他の惑星がなくなったらどうしたらいいのかという疑問が、ふと頭を過ったんです」


「どうするもなにも、ロンデムがなくなったらロプロかネプに移住するだけじゃないかな。三機同時になくなったらどうしようもないけれどね」


「その三機同時爆発が起こった時用の宇宙シェルターとか長期間の居住が可能なスペースシップとか、ご用意されていません?」


「君らしくない質問だね……そんな事態になる確率がどれ程かな。保険をかけるに値するリスクじゃないだろう」


「それはそうですけれど、備えあって憂いなしといいますか……」


「君、もう少し休んでいた方がいいんじゃないのかい? 無闇に不安に駆られるのは心労の症状だよ。よければ信頼できる医者を紹介するけれど」


「あ、いや、そこまで大きな話ではないです。ただ、もしもの時のリスクヘッジをどれくらいしているものか気になりまして」


「また新しい商売でも始めるのかい?」


「……検討中です」




 真っ当な思考をもっていれば三惑星が同時に消滅するなど想像しないし、したとしても馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。終末論手前の議題にヤーネルが訝しむのももっともだった。そして、だからこそ人類は手立てもないまま滅びてしまうのだろう。政府高官や、あるいは闇のフィクサーなどがいたとしたらあらゆるリスクに備えなんらかの手筈を整えていたかも知れないが、コアの予測では人類は滅びるそうだから、きっと上手くいかずに死ぬ。ノアの方舟も宇宙空間ではオリーブを見つけられないのだ。




「失礼いたします。お二方とも、よろしいでしょうか?」




 ヤーネルとの会話が談笑へと変わった頃、ユーリが流れる汗を袖で拭いながら扉を開けて飛び込んできた。




「ユーリさん。仕事は一段落つきましたか?」


「えぇ。大変長らくお待たせいたしました。お食事、大丈夫でしょうか」



「私もアシモフ君も、空腹を持て余していたところです」


「それは失礼いたしました。それでは急ぎましょう。どうぞこちらへ。お車でご案内いたします」




 部屋を出てオフィスの玄関まで歩くと既に車が停まっていて、運転席側に立つ人間が一人いた。シュバルツである。




「本日はシュバルツもご同席いたします。結合カメラの技術面や仕様については彼に聞いていただけると」


「よろしくお願いします」


「よろしく」


「……」




 シュバルツと目が合うも、特に変わりはない。本当に覚えていないのだろうかと疑心を抱きながら、車に乗り込む。




「はい、じゃあシュバルツ君、車出して……いやぁそれにしても、乗り物はやっぱり運転しないと駄目ですね。どれだけAIや自動技術が進んでも、人が操ってこそ美しい機械がある。車はその最たる例ですよ。ハンドリングとギアチェンジを駆使して瞬時の判断でコース取りを行う。技術が伴う一連の動作は人機一体の芸術です。だから弊社の社用車は自動運転機能をオミットしているんですよ。社員は不便だと言いますがまったく、エンジニアのくせにロマンを分かってない。そもそも車は……」



 語り尽くせぬオートマシンや内燃機関への情熱、造詣。ユーリの饒舌に口を挟む間もなく、車はレストランへ到着したわけだが、停車して店内に入り、席に案内されるまで俺達はずっと車と人間性の融合により導かれるフィロソフィについて聞かされたのだった。厄介なカーエンスーである。


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