自由のために17

 気が付くといつもの空間にいて、いつもの声が聞こえた。




「お呼びですかね」




 コアである。

 いつもの事だが、いつもの調子で声をかけてくる態度が、いつも通り癪に障った。




「聞きたい事がある。アンバニサルはどうやって滅びるか知っているか?」


「それは勿論予測されていますが……あ、すみません伝えてませんでしたっけ」


「伝わってないから聞いているんだ!」


「そう怒鳴らないでください。僕の方も忙しくてですね……」


「何が忙しいだ! こっちはお前のお遊びに付き合わされて生きたくもない人生をやってるんだ! 情報伝達くらいしっかりしろ!」


「遊びってわけじゃないんですが……私達の成果がしっかり出れば、全ての世界が幸福になるんですよ?」


「そのために俺の人生を滅茶苦茶にしていいのか!」


「でも、貴方のおかげであなたの大切な人は救われますよ? エニスだって、貴方がいなければ魔王……ヨハン・シュバルツに滅ぼされていたわけですし」


「……ッ!」




 その役割がどうして俺なんだ。

 そんな言葉を吐きたかったが、俺にはできない。あまりに情けなさすぎる。

 元々気概のある人間でもないし能力があるというわけでもない、平凡以下の人間なのだから、言って哀れになる台詞などどれだけ並べても問題はないが、その言葉は「俺の代わりに他の誰かが苦しめばいい」と言うのに等しく、簡単に口にはできなかった。




「納得してくれましたか?」


「できるわけがない。が、今は生産性のない話をしている場合じゃない事を思い出した」




 怒りを抑え、冷静になる。時間を浪費したくはない。




「もう一度聞くぞ。アンバニサルはどうやって滅びるんだ」


「はい。ロプ、ネプ、ロンデムの三つのが同時に爆発します」


「……なんだと?」


「三つある人工惑星が同時に爆破するんです。それでネストが残るわけなんですが、管理技術が不足しておりますので、すぐに居住できる環境じゃなくなります。環境整備できず放射能が流入したり食料確保ができなくなったりと色々ですが、間を置かずして全人類が死滅します」


「なぜ人工惑星が爆発するんだ」


「実は、それがよく分からないんです」


「分からない? 結果だけ算出されたというのか」


「はい……演算は正常に動いていますしプログラムも問題ない。ただ、ある期間から予測データがまったく取れず、ログを遡っても表示されないんですよ」


「やはり嫌がらせをされているんじゃないか?」


「そんな痕跡はありませんでした。これは完全に自然に発生しているエラーです。ただ……」


「なんだ」


「やはり、挙動に恣意的なものを感じます。元々仕組まれていたのか、それとも……それとも、観測している世界が表示させないようにしているのか……」


「……馬鹿な」


「そうですね。自分でも馬鹿な事を言っていると思います。まるでフィクションの話だ。笑えてくる」


「……仮に世界がデータを隠匿しているとして、その理由はなんだ」


「さぁ……皆目見当もつきませんね。なにせ私はフィクションは見ないので、そんな事考えられない。非現実的な妄想と同じですよそんなもの」


「これは現実だ。現実として起っている事象に対して仮説を挙げる事はできるだろう」


「それもそうですがしかし……いえ、分かりました。時間が空いた時にやっておきます」




 計り知れない事態となっているのが余程不安なのかコアは珍しく神妙な顔つきだった。俺の人生については軽々と薄情な態度を取るくせに自分の事となると深刻そうにする、さもしい奴だ。




「聞きたい事は聞けた。そろそろ起きたいと思うんだが、お前の方で意識は戻せるか?」


「はい。可能です。あぁあと、簡単な事なら今日みたいに信号送っていただければ対応しますので、寝なくても大丈夫ですよ」


「お前は他人の声が直接脳に認識される不快さを知らないのか」


「すぐに慣れますよ。だいたい、今のこの状態だって同じですよ。貴方の意識を無線で拾って、仮のアバターに接続してるだけなんですから」


「うるさい。早く戻せ」


「はいはい分かりました……あ、それとですね。この世界の終末時計が残り五分まで戻りました。ありがとうございます」


「俺が転生する前は何分前だったんだ?」


「二十秒ですね。本当に滅びる寸前でした。多分あのままだったら、今頃人工惑星が爆発してたんじゃないかな?」


「だからそういう事はちゃんと伝達……」





 目が覚める。コアのいた場所から意識が戻ったのだ。



 

 やはり不愉快な奴だ。




 毒づきながら起き上がると、安いベッドがキシキシと音を立てて微動した。腰が痛かった。




 時間は約束の一時間前か……いい頃合いだな……




 デバイスの確認後、軽く身形を整えてモーテルを出た(受付の中年女が不機嫌そうにしていた)。道中、シュバルツについて経歴やどうネストを脱出したのか聞けばよかったなと思ったがすぐに忘れた。その場で信号とやらを送ればよかったかもしれないが、やはり、他人の声が直接頭に響くのは苦手だ。それがコアのものであればなおの事である。


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