自由のために16

 ネオラブルオフィスの会議室に通された俺はデバイスとコンピューターを操作しながら会食について内心うんざりしていた。それでなくとも進めなければならない案件が多分とある中、現実味を帯びたネストの買取、改修、運用の構想と、実現のための資金人員の準備をしなくてはならず、接待を受ける時間が惜しかった。



 人も金も時間も足らない……なにより俺の能力が追いついてない……



 一度考え込むとどうもいけなかった。代表業、社長業、会社経営……どれも俺には過分な責であり重圧で、込み入ってくると酷く気分が落ち込んだ。実働は役員社員が身を粉にして回してくれるものの、それに応えるための会社運営ができているのか、できていたとしてそれを継続できるのか、不安の種は尽きない。ネスト解放も併せて心にずしりとした重みがあって、時にその重みが苦しい。ネスト解放後ヤーネルに会社譲渡を提案したのはこの重みから逃げ出したいという個人的な願いもあった。




「忙しそうだね」



 ヤーネルの一言にキーを叩く音が大きくなっていた事に気が付いた。感情の起伏が抑えられなかったのだ。



「あ、いえ、まぁ……」


「大変なのは分かるけども、あまり表に出さない方がいい。思っているよりも見ている人間はいるからね」


「気を付けます……ちなみになんですが、ヤーネルさんは不安や悩みがある際、どう対処されていますか?」


「不安や悩みがあるのかい?」


「はい……」


「ふぅん……まぁ、社長業務というのは考える事が多いからね。私も会社経営などよりエンジニアに戻りたいと思う時があるものだよ」


「はい」


「けれどもね。運命は人に立場を与えるんだ。生まれや育ち。性別、年齢に関わらずその人間が担うべき責任を与えるんだよ。それをまっとうするために生まれたと思えば、自然とそれに従事しようと思うものさ。どれだけ辛くともね」


「理不尽な話ですね」


「そりゃあ世の中そんなもんだよ。君だって、これまで十分経験してきただろう。望む望まぬに関わらず、今、そういう立場にいる」


「まぁ……そうですね……」




 望まぬ転生に降りかかった責務。挙げ句、世界を救えという無理難題。確かに理不尽このうえない話だ。エニスでは世界を救う気などは毛頭なかったのに、生き残るために奔走しなくてはならなかった。これがヤーネルのいう担うべき責任なのだろうか。




 ……おや?




 ここに来て一つの疑問が浮かぶ。俺がアンバニサルに転生させられた根本的な疑問である。




 世界の救済……アンバニサルは、どうやったら救われるんだ……




 エニスの時のように魔王という明確な敵はいない。科学技術が発達し、人類は宇宙にまで居住地域を広げていて災害の類も克服済みだ。そんなアンバニサルがこの先どう滅亡の危機に瀕するというのか。巨大隕石の衝突やウィルス によるパンデミックが起こったところで人工惑星は三つある。一つ残れば全滅はしない。後考えられるのは宇宙そのものが縮小し潰えるか、ビッグバンで消し飛びかくらいだが、そんなもの防ぎようがない。人間のできる範疇を超えている。あとは三惑星がそれぞれに向かって大量の核でも撃ち込みでもすれば滅びるかもしれんが可能性は低いだろう。どの惑星にもメリットがまるでないのだ。どう転べば世界は滅びる。滅亡寸前とはとても思えない。




 コアなら何か知っているのだろうか……




 世界の管理者である奴ならば知っている道理がある。以前話をした時に、法則である程度の予想はつくとのたまっていたのだから、アンバニサルの行く末も把握しているかもしれない。




 興味もないし知ったところで救う気もないが……




 コンピュータを仕舞い、俺は伸びをした。




「……ヤーネルさん」


「どうしたんだい?」


「ちょっとリフレッシュするために仮眠を取りたいと思うのですが、さすがにここで寝たら失礼にあたりますでしょうか?」


「それは……そうだね」


「分かりました。ではすみません。ちょっと離れさせていただきます」


「今からかい? 食事の時間まで三時間もないよ?」


「大丈夫です。来るときにモーテル(本当に科学が発展した時代だというのに古臭い施設があるものだ)がありましたので、そこを借ります」


「君がそうしたいならいんだが……寝過ごさないように」


「勿論心得ております。それでは、すみませんが一時失礼いたします」





 呆れるヤーネルを背にしてネオラブルから脱し速足で歩く。コアに話を聞くだけであれば三十分もかからないだろうからあの場で転寝するくらいでもよかったかもしれないが、寝言などで滅多な事を口にしたらまずい。ハリスの尋問の際、薬物で結果を胡麻化した事をヤーネルには伝えてある。もし、知らぬ間の言動で薬物依存を疑われでもしたら一気に計画の行く先が不安となってしまうから、一人になれる空間に行きたかった。





「こんにちは。休憩三時間で」





 受付の中年女にそう告げると、「女は後から来るのかい?」と下卑た笑いが返ってきた。




「一人だよ。疲れたから仮眠を取りたいんだ」


「あ、そう」




 途端に興味を失う中年女。失礼極まりないが、構っている時間はない。渡されたキーの部屋へ行きすぐさま横になる。蓄積された疲労により目を閉じればすぐに眠れる気運。後の問題はコアに都合よく会えるかどうかだが、これはもう賭けるしかない。俺は頭の中で「話があるぞコア」と唱え、微睡に沈んでいった……



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