自由のために14

 ネストの管理は杜撰だったし、殺しや死体処理も日常的に行われていたからデータ改竄などをして自身を死亡扱いとする事もできただろう。しかしネストを出るとなると話は違ってくる。軍の目を掻い潜りロンデムへ侵入する事など至難の業だ。また、その後の生活だってある。戸籍、個人ナンバー、住所もない状態で生きていくなど不可能。就職だって雇用元が従業員の個人情報を国営データベースに登録する義務があるから、どうやってネオラブルで就労できているのかも大きな謎であった。




「初めまして。シュバルツと申します」


「……はじめまして、アシモフです」


「どうも、ヤーネルです。結合カメラは君が主導で開発したのかな?」


「はい。アイディア自体はユーリのものですが……」


「アイディアを実現できる能力があるというのは素晴らしい事だよ」


「ありがとうございます。恐れ入ります」


「……」




 ……俺の事を覚えていないのだろうか。


 


 シュバルツは俺の顔を見ても動揺する素振りも見せず淡々とヤーネルとやり取りしながら業務を続けていた。確かに、あの暗いコンテナの中で見た顔など覚えてなくてもおかしくはないが、俺は一目見て、彼を彼だと認識できた。どこかで見た事があるなとか、もしかしたら別人かなというような思考はまったく働かず、瞬間的に“あいつだ”と判断できてしまったのである。当時の俺はその違和感に気が付く事もなく、ただシュバルツの一挙手一投足を眺めているだけだった。




「アシモフさん、どうかいたしましたか?」


「あぁ、いえ、すみません。ところでユーリさん。あのシュバルツさんって、どういう経歴なんですか?」


「え?」


「あぁいや、すみません。見たところかなりお若いようなので……」


「あぁ……あの、申し訳ないんですが、シュバルツについて……というか、弊社の社員についてはあまり分からないんですよ」


「分からない?」


「はい。うちの会社は完全実力主義でして、求めている仕事ができる人間かどうかをテストしているんです。それに合格すれば無条件で社員となります。あ、無条件というのはあくまで採用に関する事柄だけでして、労働条件等はこちらの提示した内容に納得していただく形となりますね」


「では、シュバルツさんの素性は不明だと」


「はい。入社希望者としてやってきまして、それでバグチェックとプログラミング。それとマニピュレーターの組み立てから稼働までの試験をしたんですが、極めて優秀な結果を叩き出して採用となったわけです」


「なるほど。ご出身とかはどちらなんですかね」


「ちょっとその辺りは個人情報となりまして……」


「あ、すみません、そうですよね。失礼いたしました」




 コンプライアンスの壁に阻まれ情報収集を断念。「絶対住所不定無職でしたよね」と明け透けに聞けるわけもなし。交渉力があればもう少し色々聞き出せただろうが俺は口下手だし計略を用いるような頭脳も持っていなかった。




「まぁでも、しっかりした人物ですので、信頼していただいて問題ないかなと」


「それは勿論……申し訳ありません。実は新規事業を立ち上げようと思っておりまして、優秀な人材を探しているのですが中々見つからず……シュバルツさんのような方をどうやって発掘したのか気になるところでして」


「あぁ、確か、人工惑星を作ると……」


「え? あぁ、はい。はいそうです。よくご存じですね」


「そりゃあ……失礼ですが、あれだけ話題になれば」


「お恥ずかしい話です。ただ、目標としては面白いなと」


「そうですね。私も非常に魅力的なプランだと思います。まぁ本来は各国が金を出して整備していくもんだと思いますがね。現時点で星間配送はわけの分からない業者や個人で溢れる野放図状態ですから」


「まぁその辺りは雇用の面もありますので……機械化、システム化によって労働力が溢れてますから……この国も都市部などはいいんですが、これといった産業のない地方は衰退する一方ですし」


「合理化によって非合理的な仕組みができ上がるというのも皮肉な話ですね。まぁでも、その辺りも含めて今回の惑星建造は政府にとってもいい話なんじゃないですか? 雇用促進にも繋がるし、消費も促されるでしょう。何より民間だから政治家が責任をとらなくてもいい。世界的に影響を及ぼす素晴らしいニュースだと思います」


「楽観的に捉えればそうですね。ただまぁ色々考えなくてはいけない事も山積みですので……あぁ、もしよろしければ、プロジェクトがスタートしたら協力いただけませんか? 御社の技術を使えば、修理修繕や改修が安全かつ迅速に実施できると思いますし」


「それは勿論。願ってもない事です。まだまだできる事は少ないですが、この技術はあらゆる分野に応用可能ですので、きっとお役に立てますよ」


「ありがとうございます。その時がきましたら是非お声をかけさせていただきます」




 ……




 ……適当な事をいってしまったな……




 本当に人工惑星など作る気はなかったが、こんな話をしてしまった以上、動かなくてはいけなくなってしまいそうだった。調子を合わせるためとはいえ、余計な事を言ったものである。


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