自由のために13

 レストランから出ると俺は駅へ向かった。行先はネオラブル本社。ヤーネルから、とうとう結合カメラの完成品ができたと連絡があったのだ。ワイタ―との食事に余韻や感慨がないわけではなかったが、時間は個人的な感情を優先してくれはしないのである。


 ネオラブル本社は運河に囲まれた中西部にある。

 この地域は一時工業製品の製造で隆盛を極めていたが製造機械の小型化が急速に進み都市部での生産が可能になると、土地、建物、人員、物流などにかかるコストを鑑みた企業が相次いで工場を閉鎖していき衰退。地価の下落により一時期都市経営が難しくなっていたが、安い土地代を武器にスタートアップ企業の誘致計画を実施した結果これが成功を収める。地域経済は再び安定し大都市並みの収支となるもスタートアップ支援政策は継続。その後も数多くの優良企業が誕生していった。ネオラブルも、そのうちの一つである。

 ちなみに首都から離れてはいるが、地下を走る高速リニアで気軽に訪れる事ができ、俺もこれに乗車した。まるで心地はグリーン車のような乗り心地だった。科学の叡智は素晴らしい。




「お待たせいたしました」




 到着して下車し、待ち合わせに指定された駅構内のカフェに入る。ヤーネルは、奥のボックス席に座っていた。




「丁度仕事が一つ片付いたところさ。それじゃあ行こうか」




 何も頼まずカフェから出て、今度は地上を走る路線電車に乗車。ものの数分で駅に到着して外に出ると、スーツを着た人間が「どうも」と声をかけてきた。




「お世話になっておりますヤーネルさん。実際にお会いできて大変嬉しいです」


「ありがとうございますユーリさん。バーチャルで見るより背が高く見えますね」


「あ、実は実際より低く設定しているんです。コンプレックスでして」


「もったいない。背が高い方がモテますよ。安全にカップボートに手が届くって」


「妻にプロポーズした時、同じ理由でOKを貰いました。どれだけ科学が発達しても、女性は男性をこき使いたいものらしいです」


「私が結婚しない理由がそれですよ。ところでユーリさん。ご紹介します。こちら、アシモフグループのピエタ・アシモフ君」




 ヤーネルに促された俺は一歩前に出ると、ユーリと呼ばれた男がにこやかに右手を差し出してきたのでそのまま握手を交わした。硬い、技術者の手をしていた。




「どうもはじめまして。私ネオラブルの代表をしております。アンドレイ・ユーリと申します」


「はじめましてユーリさん。アシモフです。今回は多大なご協力をいただきまして、ありがとうございます」


「いえいえ。今や名を知らない者がいないアシモフグループさんにご協力できるのですから、こんなに名誉な事はありませんよ。過分な研究費用もいただいておりますし」


「そう言っていただけると嬉しいです。費用は主にヤーネルさんにご負担いただいておりますが」


「アシモフ君。そこはいいじゃないか。それよりもユーリさん。早速現場に向かいましょうか」


「はい。では、お車でお送りいたしますので、こちらへどうぞ」




 ユーリ自ら運転する車(中古の型落)に載って二十分。オフィスと工場が一体となったビルに到着。この建物は企業誘致のために公費で建設されたものであり、都市部と比べて半額以下で借り入れる事ができるそうだった。



 

「では、中にお入りください」




 オフィス内は簡素で汚れていた。掃除をしている時間も気もないといった様子である。一応、俺達の来社に合わせて簡単に片づけを行ったような形跡はあったがそれも申し訳程度。ところどころにある不自然な空間は本来そこにあったものをどこかに詰め込んだのだろうと想像できたし、塵が壁際に追いやられていた。これは工場もさぞ酷い有様なのだろうなと思っていたが、その推測は外れる。現場は整理整頓清掃が行き届いていたし、あらゆる計器、器具の類が分かりやすくしっかりと計算された位置に置かれていて、素晴らしい環境だった。




「いい現場ですね」


「はい。技術責任者が几帳面な性格でして。常に現場の環境を気にしているんですよ。“精密機械を扱っているのに作業場が汚れていちゃ駄目でしょう”なんて真っ当な事をいうものですから、頭が上がりません」


「なるほど。優秀そうですね」


「はい。安心して任せられますよ。後程ご紹介いたします」


「楽しみです」




 そんな会話をしながら工場スペースを抜けて裏庭に出ると機材が出ており、そこへ作業服を着た人間が五人群がっていた。そして、更にその奥には黒い影が形を変えながらウネウネと動いている。よく見ると影は無数の個体によって形成されていて、一つ一つが滑らかに蠢いて伸縮、変形していたのだった。日本で生きていた頃にテレビで観たドローンショーを彷彿とさせる挙動である。




「結合カメラの試運転です。こうして見るとかなり目立ちますが、簡単な撮影や録音をするだけならピンホールカメラ程度の大きさでも稼働可能です。映像コンテストに出したら落選するでしょうが、観たり聞いたりする分には問題ありません」


「はい。以前のテスト結果は把握しておりますので、その点は承知しています」


「よかった。あれ以上の結果を残せと言われたらヤーネルさんに研究資金の追加をお願いしなきゃいけないところでしたよ」




 ヤーネルはユーリの冗談に対して眉間に皺を寄せてみせた。それは真面目に不満を表しているのではなく一つの形式的な表現である。




「さ、近くへ行ってみていってください」



 当然ユーリもそれを分かっているから特に顔を青くしたりせずそのまま進行。俺達は作業服を着た五人の所へと歩いていった。




「やぁ、順調かな」


「はい社長。問題ございません」




 ユーリが声をかけた男は若く、痩せていた。そして彼の顔を見て、名前を聞いて、俺は衝撃を受けた。




「それはよかった……ヤーネルさん。アシモフさん。紹介いたします。こちら、技術責任者の、ポール・シュバルツです」



 シュバルツ。

 その名前を聞いた瞬間、一瞬固まる。エニスで死んだ魔王。古の錬金術師。それと同じ性である。何も思わないはずがない。そして……




 こいつは……ネストにいたあの子供……!




 成長していたが間違いない。彼は、ネストのコンテナの中で出会ったあの子供であった。


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