自由のために12

 そして俺の野望は瞬く間に知れ渡り商務省の定例会などでも笑い話半分で話題に上がるようになった。




「さすが若社長。発想のスケールが違う」


「まさに王国建設ですかね。いやぁ、面白そうだ」




 ディメンショナルロボテックスのクラス・ピーターソンと商務省副局長ウィルズである。 

 皮肉たっぷりに笑いの種にしていただき大変ありがたく、俺は見えない手で中指を立てながら愛想を振り撒き周りの人間に幸せを分け与えていた。そんな中で一人表情を固くしていたのがワイターで、定例会後、「食事に行こう」と誘われ彼の行きつけのレストランに入店すると、落ち着いてから苦言を呈されたのだった。




「最近の君を見ていると恐ろしい。頭が雲の上にあるというような印象を受ける。大丈夫か? しっかり現実が見えているのか?」


「そりゃあ、はい。有能な社員の方もいらっしゃいますし、展望もちゃんとあります」


「側から見てるとそうは思えない。このところ、ブレーキが効いていないように感じる。急な事業拡大にアンデックスとの提携。外務省への接触。長期的に考えるとリスクを抱える可能性が大き過ぎる。なにより……」


「なにより、なんでしょうか」


「分かるだろう。人工惑星だよ。星間配送網の一元化なんて馬鹿げている」


「しかし、実現できたらこれは素晴らしい商売になりますよ。利益ばかりじゃない。企業毎で異なる料金体系や梱包規格の統一ができるからユーザーにとっては都合がいい。サービスのクオリティが低い粗悪な業者を向かわずに済むんですから」


「自由競争が死ぬぞ」


「とはいえ、生き馬の目を抜く商売の世界ですから。競争できないのであれば、これはもう淘汰されるのが自然だと思います。適合できないものが滅びる。それだけですよ」


「いつから適者生存を論じるようになった。ヤーネルに感化されたか」


「僕は僕の理想と目的があります。誰の影響でもありません。逆にお伺いいたしますが、ワイターさんがどうしてそこまで反対意見を仰るのか教えていただけませんか……あぁ、すみません。これは本当に素直なご質問でして、論争を展開しようとかそういう意図はございません」


「……」




 ワイターと争うのは俺の本意ではなかった。利益とか業務ではなく、彼と離別したくなかったからだ。本質的に考え方は異なるし友人にもなれない存在だが、信頼はしていた。何度も助けられたし、俺のために動いてくれた事もある。少し大袈裟な表現だが、血の繋がりのない兄弟のように思っていた。それがこれっきり終わってしまうのは炯然たる……いや、気取った言い回しはやめよう。俺はワイターと離れる事が寂しく、悲しかった。だからこそ、彼の本音を聞きたかったし、目標に支障が出なければ提言でも苦言でもなんでも受け入れるつもりであった。俺は、ワイターと良好な関係を続けたかったのだ。

 ただ、彼が何を考えているかは分からなかった。俺についてそこまで深い情があるようにも見えなかったから、話し仲間程度の認識かも知れないと思ってはいた。


 故に、実際に彼の話を聞いてみると、なんとも気恥ずかしい気分となるのだった。




「君が変わっていくのが面白くない」


「は?」


「はっきり言うとだ。僕は君について、商売が上手な人間だとは思っていなかったんだよ。実力以上の運でのし上がった半端者だって半ば小馬鹿にしていたんだ。だが、それ以上に、愚直で小心で的外れで面白い君を気に入っていた。経営者って感じがしないのに結果を出しているところが特に面白かった。仮に失敗しても助けてやろうと思っていたさ。だけどね。君は失敗どころかどんどん金を稼いで企業を大きくしていく。今やアシモフグループはチューコなんて目じゃない成長ぶりじゃないか。感嘆に値するよ。けれどね。企業を大きくするために君は君の美点を、僕が好きだった部分を捨てていった。あるいは、そういった部分こそ偽りだったのかもしれないが、少なくとも僕が評価していた部分は大分薄れてしまった。今君が失敗したら助ける事もできないし、本気で助けたいという気持ちも湧かないだろう。それだけ、僕と君との間には差がある。それが気に入らないのさ」




 想像よりも重く俺についての想いがあった。喜ぶのもなんだか気色が悪く、決まりが悪かったが、本音をぶつけたワイタ―に対して軽薄な物言いをするのは憚られた。




「……一点いいでしょうか」




 一言、彼に言おうと思った。目的は伏せるが、それでも、伝えられる範囲で。




「なんだい。おっと、喋る前に断っておくけれど、嫉妬じゃないぜ」


「それは分かっています。そうではなく、そこまで僕の事について考えていただけていたのは、大変ありがたいなと」


「まあ私情だけじゃないさ。君の会社が傾いたらこっちも損失を被る。それに、今は協力関係だけれども、いつパイを奪い合う関係になるかも分からないんだからね。ビジネスパートナーとして、実直に堅実な会社経営を続けてほしいと思っているよ」


「僕も、できるのであればそうしたいのですが……」


「できない理由があるのかい?」


「……はい」


「分かった。それじゃあ、この話は終わりだ。今後については、状況見ながら判断させてもらうよ」


「……ワイターさん」


「なんだい?」


「……ありがとうございます」


「……やめなよ。大袈裟だよ」




 その後、ワイタ―とは何も語らず、食事だけして帰った。彼とまともに会ったのは、これっきりだったはずである。


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