自由のために11
そもそも奴はどんな人間なのか。
集めたデータに基づくと、ブリックは私情を優先する事が分かった。妙に義理堅いというか、親しい人間の精神面を慮るような傾向があるのだ。これは、彼の出自に依るところが大きいかもしれない。政治家一家生まれたブリックは早くに両親が死に、父親と昵懇の中であった議員の養子となるわけだが、当該議員の兄弟や関係者に随分よくしてもらったようで、その経験が人格形成に影響を与えた可能性も考えられた。反面、利己主義で保身的な側面も持っており、もしもの時は掌を返して裏切るような真似も平然とできるくらい面の皮が厚い、極めて政治家らしい人間でもあった。
彼はこれまで多くの人間を蹴落としてきた。親密に付き合ってきた間柄であったとしても例外はなく、自身が危険にさらされれば即断で手を切る。であれば俺もおなじようにするだけ。躊躇は必要ない。多少の罪悪感が残ったとしても、それで計画が進めば上場。ブリックの虎の威を借りつつ、風向きが変わったところで失脚させるのが一番スマートだ。
外務省との繋がりさえ太くなれば奴は用済みだから、同時進行でブリックの後釜に座るであろう人間との関係性も築きたいところであった。「アシモフはブリック並びに奴の所属派閥とズブズブだから信用できない」などと後ろ指刺されないよう体外の目も意識しなくてはならない。また、旗色を見ては都度贔屓を変える蝙蝠だと揶揄されては信用も買えないから、高度な政治的立ち回りも求められてくる。ブリックに近付きつつ、潮目となったら鞘替えする理由と名目を誇示し、信じるに値する合理性を用意する……それが当座の目標となった。外務省関係者と節操なく接触を図っていると軽視されるくらいに認知されれば動きやすい。ネストへの配給事業を抱えたいと明言するのは一つの手ではあったが、そこまで利益の出る案件でもないので建前としては弱い。妥当性を考えるとキャラクタービジネスの海外展開強化や国外配送における法的優位性の確約などが挙げられたがいずれも既に根回し済みで決め手に欠ける。もっと、誰が見ても「納得だ」と思わず手を叩くような、そんな目論見を示さなければ騙しきれない。地位、金、名誉、なんでもいいが。欲しているように見せるにはどうしたらいいのか今一度考える。これまでの人生で得てきた経験や知識を使って創意。生粋の商売人だったらどんな野望を抱くだろうと想いを寄せる。
商売人……商売人とは、なんだろうか。何を持って定義するのか。
迷走。これまでの人生の中で商売人と関わり合う機会がなかったためまったく思いつかない。現実世界での仕事においては利益や費用などのコストについて深慮した事もない。末端社員の俺は上司の命じるままに働くだけの機械であった。業績の好調不調でさえどうでもいい。会社を持って動いていたアンバニサルでも本質的には変わらない。利益を出したいという人間を雇って相応の報酬を与えているだけで、実のところ商売がなんたるかも分かっていなかった。エンタメ事業もアイディアは現代日本の登用で運営は任せきり。社長としては失格である。
駄目だ……思いつかない……
ここにきてメッキが一枚二枚と剥がれていく。協力してくれたヤーネルに向かって「頑張りましたけど無理でした」と謝罪するシーンを想像すると情けなさに胸が痛くなった。日本にいた頃、アニメや漫画に時間を費やさず岩崎弥太郎についてでも調べておけばよかったと後悔。無学を呪った。
アニメ……アニメか……昔、宇宙を舞台にした作品を観た事があったな……同盟と帝国が争っている中、死の商人をやっているような第三勢力があって……丁度両国の中間地点に陣取って貿易で荒稼ぎを……
……
……あ、これだ!
閃き。乏しい経験から導かれた一つの妙案。突拍子もなく壮大で、だからこそ欺ける、説得力のあるでっちあげの夢物語。なりふりかまわない行動も頷ける理想的な野望を思い付いたのだ。
他に打つ手もない。これでいこう。
俺は素早くデバイスを立ち上げロンデムの技術メーカー複数社に問い合わせた。内容は全て同じである。
「人工惑星って、どれくらいで造れるんですか?」
程なくして次のようなゴシップ記事が世に出回り、世情を賑わした。
アシモフ社長ご乱心!? 新進気鋭の巨大企業若手創始者が自社惑星の製造を検討?
エンタメ、運送、飲食、福祉産業……現在マルチな事業を運営し、飛躍的に成長しているアシモフグループ。その創始者であり現代表取締役社長のピエタ・アシモフ氏が、なんと自社人工惑星の製造購入と運用を目論んでいるとの情報が入った。
情報の提供者は某大手メーカーで役員を務めるI氏である。
I氏は普段からアシモフグループと連絡を取り合っているのだが、ある日、アシモフ氏から直々に一通の着信があったという。
「人工惑星って、どれくらいで造れるんですか?」
I氏は最初冗談だと思い聞き流していたそうだが、次第にエスカレートし温度感が上がっていくアシモフ氏の話を聞いて「これは本気だなと」と呆れたそうだ。
その後アシモフ氏の話は一時間にも及び、「惑星間での取引を一点に集中させてうちで管理配送する」という大層なヴィジョンを語ると一方的に着信は切れたという。
「個人や企業で惑星を持つなんて現実的じゃありません。維持費だってかかりますし、長い年月をかけなきゃいけない。ハードもそうですがソフトも最適化しないとまともに動きませんよ。(ロンデム、ロプロ、ネプの)三惑星だってつい最近安定化してきたばかりなんですから。幾ら技術が発展したとはいえ、まだまだ難しいですね」
I氏は溜息交じりにそう答えた後、「まぁ、アシモフさんもまだお若いですから」と一言漏らした。時代の寵児ともいえるアシモフ氏だが、身に余る野望を持ったが故に、破滅する未来も遠くないかもしれない
この記事が公開されるとWeb上は大盛り上がり。SNSでは私見、誹謗中傷、「応援してます」とのクソポストが多数投稿された。俺の顔写真を使い、「星買うってよ」などのタイトルでスレッドが立つ掲示板も見られお祭り騒ぎ。想定通りの展開。惑星運営に当たっては当然外務省との繋がりが必然となってくる。行動の動機が、世間に広まったというわけだ。メディア様様だ。
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