自由のために10
庁舎から会社へ移動。普段はリモート作業や他社役員との外会議などでスケジュール調整しているため久々の出社。普段顔を見合わせない従業員をそわりとさせてしまったが気に留めている場合ではない。ブリックについて調べなければならなかったのだ。わざわざオフィスで行う理由は一つ。社内の専用サーバに膨大な資料を格納していたからである。政治家、経営者に関する情報を自動で収集、保存する用心データベースは社長室からのみ閲覧可能であり、俺の指紋と虹彩の認証によりロックが解除される。検索、ソート、付箋などの機能を備えており、UIも俺の好みに合わせた完全ワンオフ仕様。会社の金で作ったはいいものの面倒臭がってあまり活用する機会がなく持て余していたのだが、丁度使う時がきたというわけである。
「あ、社長。ご相談が……」
「すみません今忙しく、後程伺います」
役員を振り切り社長室へ。施錠し、万全なセキュリティの中調べ始める。検索ワード”アントン・ブリック”。表示される官報や記事。年代を絞り追っていくと、興味深い内容が見つかる。
ネストニ七七号赴任
アントン・ブリック議員
まだ戦勝国の監視が派遣されていた時代の官報である。ニ七七号は俺が潜入したネストのナンバー。そこへ、ブリックは監視員として赴いていたのだ。
もしかしたらあの杜撰な管理は……
確信めいた想像。機密文書を監視データ保存用のメモリにコピーし放置していたのは、紛れもなくブリック本人だったのではないか。しかしなぜ。目的は。承認は得たのか。どうして事後処理をしなかったのか。溢れ出る疑問。直後、即座に「どうでもいい」と声に出す。問題はそんな事ではなく、ブリックが俺を疑っている点である。
メモリの紛失については既に露見していると考えるのが妥当だった。そうでなければ軍を使ったうえ、何年も経っているのに粘着をする理由がない。きっと、俺がネストで発見された際に確認するよう伝達したのだろう。いつから紛失していたのか特定不可能であるにしろ、俺というイレギュラーが発生したと同時に起きたでき事であれば無視もできない。初動を疎かにせずよかったと、過去の自分を讃えた。
ブリックがわざわざ対談を持ちかけたのは政治パフォーマンスだけではなく、まだ俺を疑っていたからだ。政治の世界で生きてきた人間であるから、人格や言葉の真偽を読み取る力は長けている。自身の目で見て俺を判断するつもりだったのだろう。しかし結果としては白黒つけられなかった。目は確かかも知れないが、さすがに数十分の会話では真偽がつかなかったとみえる。
奴はまだ判断しかねているから、今後も頻繁に会える可能性があるな
接触回数が多ければ取り入る機会も増える。この場合、ブリックが疑っているのはチャンスであると捉えた。疑心が確信に変われば殺されるかもしれない。だが虎穴に入らざればという諺の通り、リスクを冒さなければリターンは得られない。目的を考えるのであれば、これは千載一遇のチャンスであった。
徹底的にリサーチしてやる……!
獅子身中の虫となる事を決めた俺はブリックに関するあらゆる情報を集めて回った。好物は林檎のパイで、甘い白ワインと組み合わせに目がないだとか、好みの女は細身で長身のブロンドだとか、休日はハイキングに行くとか、家族仲があまりよくないとか、息子をユニバーシティから卒業させるために裏金を積んだとか、週末は高級クラブに出入りしているとか、ともかく様々な方面から嗅ぎまわり奴の人格と趣向を分析。極秘裏に専門チームも立ち上げマニュアルの作成にも成功し、本人よりもアントン・ブリックについてよく把握していた。とりわけ有用だったのは、奴が生粋の差別主義者だという情報だ。ブリックはネストの人間に恨みといっていい程の負の感情を持っていて、近しい人間に口汚い評を示すのだった。
「せっかく敗戦国のゴミどもを集めているんだ。ミサイルの一発でもぶち込んで皆殺しにしてやればいい。私が大統領になったらまずそれをやるね。予算が浮いて、ベーシックインカムの額も増やせる。消費が増えて景気も右肩上がりだ。どうしてあんな害虫のために国の金を使わなきゃいけないのか理解に苦しむね」
これはとあるVIPルームでの会話である。ブリックが所属している派閥が集った、表向きは会議となっているこの席は公費によって賄われていた。国民が知れば秒で首がすげ変わる事案だ。
当該の発言はネオラブルが開発した結合カメラを使って収集に成功したデータである。実地テストも兼ねてブリックが使う店に放ち、来店と共に展開。AIによる自動移動により通気口から侵入させて録画に成功したのだった。ところどころノイズが走っているものの映像、音声共に本人だと断定できる程度の鮮明さは保持されていたから、出すとこに出せば高値で買い取られただろうし、直接チラつかせればネストへの配給事業を請け負う事もできたのだが、切り札の一つとしてまだ取っておく事にした。即効性がある分最終的にどう転ぶか予想がつかなかったからだ。最終的に切るカードではあるが、今はまだ利用してやると、俺は奴の情報を見ながらほくそ笑んだ。
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