自由のために8

 ネストへの配給は主に政府支出からの援助であったが一部民間でも取り扱っていた。これは公募によって選定された企業が受け持っていたのだが、談合や癒着の末に決まる事が多々あった。依頼主は無論政府である。

 この無法はそれまで三度行われ、選ばれたのはいずれも外務省と繋がりのある企業ばかりであった。例外なく、疑惑が報じられている。そろそろ"うるさい"だけでは済まない頃合いであり、不正な移管は次が最後だろうというのが識者の見解であった。なぜそういえるのか、それは外務長官であるブリックが属している派閥が急激に力を落としていたからだ。筆頭として担ぎ上げられていた政治家の不適切画像送付問題がすっぱ抜かれ支持率が大きく低下したのである。


 俺との会談を設定したのは、そんな背景もあったのかもしれない。要は国民へのご機嫌取りを行い少しでも延命処置をしたかったのだ。記者を入れた公開会談にしたのも、それで納得がいく。





「よく来てくれたね」




 会談が開始されるとブリックは和かに歩み寄り手を差し出した。俺はそれを握り、二人して両手で握手を交わした。




「君の功績は聞いているよ。随分と尽力してくれているそうじゃないか」


「ありがとうございます。これも皆様のご協力のおかげです」


「謙遜するね。いや、素晴らしい。中々できた若者だ」


「恐縮です」


「君は子供の頃から商売をやっていたんだってね?」


「そうですね。ただ、最初は単純に人助けのつもりでした。何か役に立ちたいと思って、お年寄りを中心に気軽に買い物へ行けない人や、すぐに物が欲しい人向けに何かできないかなという事で始めたのがきっかけですね」


「敬愛の心というやつかい? 偉いもんだね」


「いえ、そんなに大したものじゃないです。偽善といえばそれまで。称賛が欲しくなかったといえば嘘になります。名誉欲、自己顕示欲、承認欲求……いろいろな欲望がありました」


「なるほど。では、今はそういった欲も満たされたんじゃないかな。アシモフグループは、今やロンデムきっての大企業なわけだから、これ以上、望むものもないかなと思うんだけれど、どうだい」


「どうでしょう。確かに会社を回していていると皆さんよく言ってくれるんですが、僕自身はあまり実感がなく……歴史ある企業に比べればまだまだですから、胸を借りるつもりで今後もやっていきたいですね」


「殊勝な意見だ。立派だね。そんな君に質問なんだが、今、我が国における経済状況においてどう思う?」


「悪くはないと思います。ただ、金の使い方、価値観がかわったため、これまでの経済指標があてにならなくなる時代もくるかもしれません」


「というと?」


「はい。昔は物価の高低と収入の差異によって景気が良い悪いとされてきました。物価が上がり収入が下がれば景気が悪い。逆なら景気が良い。歳出の乖離が顕著な程、動向指数は激しく上下していました。しかし今はベーシックインカムをはじめ、様々な経済支援、社会福祉がある。最低限の収入が保証された結果、人々は物を買う事への躊躇がなくなり金に対する関心が薄れていった。この時代に缶ジュースの値段が上がる事について文句を言う人は少ない。ですが、昔は……まだ人類が母星にいた頃は、一割に満たない値上げでも、民衆が巨悪を糾弾するのと同じ勢いで政府を批判していた。今よりも物の値段が安いのにも関わらず、です。宇宙に上がってから我が国では、経済的な悩みからは解決されたといっていいでしょう。どれだけ物の価値が上がってもその分支給金額は増えるから安定して買い物ができる。ですので、現在においては貧富を決める絶対的な指標として収入という概念が通用しなくなってきたといえるかなと思います。まぁ、それでも金はあって困るものでもないですし、生活水準を豊かにするサービスを受けるには必要不可欠な存在ではありますから、執着もするでしょう。殊、子育て世代などはその傾向が強いでしょう。僕の母親も、僕を病院へ連れていく時に支払うタクシー代を随分苦々しく思っていたようですから。よく、“このお金があれば何々が買えたのにと愚痴っていました”」




 雰囲気を和ませようとユーモアを入れる。予想通り、会場から笑いが漏れた。しかし対面に座るブリックの表情だけはなぜだか硬い。ウケなかったというより、むしろ怒りの感情さえ感じられるような、鬼気迫る面持ちであった。




 冗談は嫌いだったかな。




 下手を打ったかもしれないと猛省。せっかくここまで上り詰めたのにつまらないミスで台無しにしたくはない。俺は即座に切り替え、その後は当たり障りないよう受け答えをするように努めた。挽回のために盛り上げようとしても空回りとなってしまうケースは過去に多く経験している。会話の失敗を会話で返そうとしても俺にはその能力がないから、気にせず通常通りに進めていくのが手堅く堅実なのである。この日もそうで、以降は最初と同じくやんわりとつつがなく対談が続き、終わった。記者たちのフラッシュを浴びながら会場を掃け、控室へと戻り椅子に座ると、どっと汗が流れ出た。




「うぅ」




 ジョークを思い出し、唸る。

 汗で湿ったシャツから嫌な臭いが立ち込めたため、俺はネクタイを解いて襟を開け、備え付けのウィットティッシュで身体を拭いたのだった。


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