自由のために7
ヤーネルの提案は想像以上に効果があり利益は倍増。公式サイトに設けられた特設ページへのアクセス数並びに募金、支援金の額が驚くような推移を見せた。
この募金のシステムとしてはチューコで取引を行った際、支配金額の内一分が寄付され、購入側には物品とホログラム映像が届く仕組みとなっていた。これについて、中には「画像がセンシティブ過ぎる」「怖いからやめろ」との意見もあったが、公式で詫びを入れるだけに留め、期間中の画像配布は続行とした。数字が上がっているのに変える理由はない。
また、サラピンには直営ショップが展開され、キャンペーン商品を購入すると金額の内三割が外務省の運営する海外貧困層支援団体へ送金されるようになっていた。一度団体を経由するのがミソで、支援金として入ってくる金は制度上、外務省が好きに使える。無論、あまりに度が過ぎればなにかしらの調査が入ったろうが、そこは優秀な官僚の仕事。上手く誤魔化してプールに回すのだった
「癪だね」
ワイターはそうボヤいていたが、国外配送において諸々の便宜を受けられる可能性があると嘯いて納得してもらった。
「確約されたものではないですが、これまで繋がりがなかった省と縁ができたわけですし、ポジティブに捉えましょう」
「君、急に腹芸をするようになったね。焚き付けたのは僕だが、あまり政治寄りの思考をすると商売が下手になるぜ」
外務省との契約締結会議後、「ちょっと付き合いなよ」と誘われてからの一幕。彼は本当に言いたい事を皮肉のオブラートに包んでいた。政治方面に手を伸ばし過ぎると破滅するぞと忠告をしてくれたのだ。財布にされるだけならまだいい方で、資金洗浄や天下りの受け入れなどをしなければならない場合もある。企業力があるうちはいいが、利用価値がなくなればすぐに処理され、巨大企業の栄枯盛衰として記録に刻まれるのだ。官と民は付かず離れず、適切な距離を保つ事が肝要なのである。
が、そこまで長く付き合う気はないのだから、俺としてはこれで良いのだった。最速で仲を深め、使える力を最大限に利用するつもりでの行動。ワイターには悪いが、目的達成のための手段は選んでいられない。一部で恥知らずと罵られたが蚊程も気になる事なく粛々と計画を進めていき、商務省定例会メンバーの中でも目立つようになっていった。企業としては二流であっても政治力さえあればなんとでもなる。外務省と懇意になるにつれアシモフグループの業績も伸び、国内、国外、惑星内、惑星外へと知名度を拡散していった。この段階で各地に通常物品、支援物資の配送を大規模に展開。ドローン、有人貨物車、流通拠点、地域ドライバー、エンジニア、情報ツール、AI技術など、人、物、システムに金をかけ、世界最大規模の物流サービスの提供に成功したのだった。競合は相手にもならず吸収されるか消滅。溢れた仕事と人員を回収するというスキームが自然と生まれ、どれだけ大きくなっても業績に陰りは見えなかった。そして得た金は支援金の名目で政府へと横流しし更に力をつけていく。外務省経由で世界中にグループの取り扱っているコンテンツが広がっていきまた金が増える。物流とエンタメのシナジーは非常に強力で、アシモフグループがロンデムを代表する一大企業となるのに一年とかからなかった。この爆発的な成長スピードはヤーネルの巧みな情報操作の影響も大きい。彼がなにかにつけて俺とグループの名を出しサービスへと誘導した結果様々な企業がクライアントとなり、会った事もないお偉方から連絡が届くようになっていた。その中には、外務長官アントン・ブリックの名も入っていた。
貴殿の手腕と実績を讃えたく、この度、外務省中央庁舎にて会談の席を設けたい。
簡潔にまとめるとこんなところである。本文はもっと冗長かつところどころ軽んじているような内容で不愉快だったが(どうも外務省は選民的な気質がある)、このチャンスを逃すわけにはいかないと秒速でキーボードを打ち込み返信。日程が決まる。これをヤーネルに報告すると、「ようやくだね」と喜んだものの、すぐに顔を曇らせたのだった。
「なにかございましたでしょうか?」
俺が聞くと、「いや……」と悩みつつ、彼が抱く懸念を聞かせてくれた。
「ブリック長官は面倒な人間でね。権威主義で猜疑心が強く保守的。新興の企業については基本的には懐疑的な目で見るような、あまり面白くない人間なんだよ」
「そんな方がわざわざ僕を呼んでくれるなんて、おかしな話ですね」
「これまで君が必死になって媚を売ってきたから無視できなくなったんだろう。募金や支援金額が顕著に増えているんだ。形だけでも何かやっておかないとまずいだろうと、官僚に言われたのさ」
「パフォーマンスの一環ですか」
「そうだろうね。奴の事だから外面だけは良く見せて、裏では嫌な事を言ってくるよ。ただ、これはチャンスでもある。上手く懐に入れば、ネストへの配給事業を勝ち取れる」
「そういう交渉、あまり得意じゃないんですよね……」
「しかしやらなければならないんだ。それが君の使命だろう?」
「……はい」
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