自由のために6

 こうしてヤーネルと共に計画を進めていく事になるわけだが、彼のスピード感は凄まじいものがあった。




 アシモフグループ・アンデックス、業務提携。



 経済欄に掲載された見出しである。

 握手をした翌日書類が送付され、一か月後に正式な契約が結ばれた。

 Web報道でそこそこに取り上げられたこの記事は一定の反響を呼んのだがすぐに飽きられた。一部事業の共同化などよくある話。アンデックスクラスの企業なら無数のプロジェクトを他社と回している。無論、数も質も劣りはするが、アシモフグループとて例外ではなく、殊にエンタメ事業に関しては代理店などとよく取り決めを交わしていた。それぞれ別分野の企業同士が手を組んだ際、相互の知見と労働力により生まれるシナジー効果は計り知れず、経営戦略としてはポピュラーな手段である事から、どこからも怪しまれる事なく共闘ができるわけである。

 名目上はコンテンツにおける消費者層の属性調査と傾向分析というお題目が掲げられており、実際にプロジェクトが動いていたのと、ヤーネルの肝入りという事もあってアンデックス本社やヤーネル宅への出入り、会食もスムーズだった。計画は着々と着実に着手。公的に密談の機会を得られているのである。




「結合カメラの試験結果、順調だよ」


「そうですか、よかった」




 ヤーネル宅のオーディオルームにて古い映画を流しながら、秘密裏に実行している計画についての進捗報告を受ける。

 結合カメラとは群体からなる特殊機構カメラである。カメラ部品を搭載した複数の小型飛行ユニットが空中で結合し、撮影と配信が行われるという仕組みだ。やや大きさはあるが、SF的にいうとナノマシンに近い技術だろう。つい最近まで鉄砲を作っていた俺は科学力の高低差によって体調を崩しそうだった。




「これがあれば全方向からの撮影を広域で行える。コンテナにカメラを設置する必要はなくなるわけだ」


「ありがとうございます。僕一人では制作はおろか、発想すらできませんでした」


「前にも言ったけど、たまたまさ。企画の面白さだけで出資したスタートアップがこんなに優秀だとは思わなかったよ」




 結合カメラはヤーネルがポケットマネーで出資しているスタートアップ企業“ネオラブル”が開発したものだった。企業ではなく個人で金を出しているから足もつきにくい。なお、この補填として俺個人で保有していた税金対策用の不動産をヤーネルに譲渡している。彼が払った額には遠く及ばないが、「実用化したらリターンがあるからね」と笑っていた。




「さて、後はこのカメラをネストに運ぶだけなわけだが、外務省と仲良しにはなれそうかな?」


「分かりませんが、喜びそうなネタを思い付きました」


「ほぉ。どんなものかな」


「はい、最近、うちのエンタメ事業とチューコさんとで合同の募金活動をやっているんですが、ご存じでしょうか」


「勿論。他国の貧困層向けに向けての福祉施策だろう。君の所のキャラクター……なんといったか……あの猫の……」


「キャンディですか?」


「そう、それだ」




 キャンディ。正式名称はドバルデンキャンディ。ドバルデンはブルガリア語でこんにちはである (菓子メーカーの公式サイトにある『世界の挨拶』という特設コーナーを見て覚えた) 。白猫に大きなリボンを付けたキャラクターで、体重はグレープフルーツ三個分、身長もグレープフルーツ三個分。誕生日は一月十一日。夢はギタリストか脚本家。趣味はビスケットを焼く事で、好物はママのチェリーパイ。キャンディはシンプルで愛らしいデザインとキャラクター性を持ち、国や惑星の境界を越えて人気を博している弊社のドル箱だった。このキャンディを使ってアシモフグループの根幹事業である福祉、教育に力を入れてきたのだが、そこに目を付けたのがワイタ―であった。「全世界、全人工惑星に向けてCtoCの場を提供している弊社サービス特性と、老若男女人種に関係なく人気のあるキャンディを合わせればきっと大きな効果が出るぞ。共同で福祉事業をやっていこう」との提案によりプロジェクトが進行。思惑は見事に当たり過去最高クラスの募金額が集まる事となった。




「随分と人気らしいじゃないか。今度グッズをくれないか」


「えぇ、それはいくらでも差し上げますが……」


「本当かい? いやぁありがとう。けっこう、キャラクター物には目がないものでね……おっといけない。外務省に取り入る話だったね……それで、募金を使ってどうするつもりだい」


「言わなくともお分かりなのでは?」


「どうかな。一応幾つか思いつく事はあるが、恥をかきたくないからまずは答えを聞かせてほしい」


「分かりました……この募金活動を外務省の企画にまるまる転用します。成功例はありますので、それをパッケージにしてチューコさんと一緒に売り込む。ついでに商務省も巻き込んで、国を揚げての一大プロジェクトとして立ち上げられるよう進めていければ、大きな成果に繋がると思っています。今後連携を取っていくにあたり、十分なとっかかりになるかと」


「なるほど。いい案だね。では、私からも一つアイディアを出したいのだが、いいかな?」


「願ってもない事です」


「取引用の梱包に、支援先の画像やホログラム映像が表示されるようにするんだ。これはインパクトが出るぞ」


「……実施しましょう!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る