自由のために5

「意図は分かった。では、君は私に何をしてほしいのかな?」


「現在アシモフグループは力をつけてきていますが、後ろ盾もなく、協力関係を築けている企業もチューコさんくらいしかありません。諸々の計画を進めていくにあたり、非常に心許ない状況です。そこで、ディディールの意思を継承するアンデックスの蓄積情報とノウハウ。ヤーネルさんのパイプを得たいと考えています。また、他企業との折衝や、いざとなった際の資金融資などをいただければと……」


「その要望を呑んだとして、君と君の企業は、私に何をしてくれるんだい」


「ネスト解放のために実際に手を動かしますし、すべて終わればアシモフグループをお渡しいたします。ディディールやアンデックスと比較すれば見劣りするものの、メインで稼働しているエンタメ事業はほぼ寡占状態で将来性もございます。無論、この先競合が力をつけてくる可能性はありますがブランド力はありますし、見通しではこの先十年は存続可能と試算されていますから、悪くないお話かと」


「君の企てが露見して私にも飛び火する場合も考えられる。成功後の企業譲渡だけでは割に合わないと思うんだが、どうかな?」


「現段階で僕が提供できるものは企業以外にないと思っておりますので、具体的にお望みのものがあれば仰っていただけると」


「それは悪手だよアシモフ君。交渉の際、相手に優位性を持たせるような提案はしてはいけない。君が考えて、私を納得させなさい」


「……」




 ヤーネルの声はこれまでになく厳しかった。思考能力か、交渉術か。それとももっと深いところで俺を測っているのか想像しかねたが、彼を納得させなければ協力は取り付けられない事実だけは確かであった。




「……前提として」




 少し考え、俺は再び口を開いた。




「前提として、ヤーネルさんやアンデックスが追及されないように手を打ちます。先に述べた通り、行動するのは僕だけです。支援はしていただきたいですが、通常行われる業務上の取引や付き合いと同じようにしていただければ問題ございません。もし、僕の計画が公になったり失敗した場合は、ネストを使った営利活動の計画があるとマスコミにリークします。その中にはアンデックスを始め、様々な企業を騙して不当に利益が発生する算段があったという事にしましょう。そうすれば貴方も被害者の一人として認識される」


「それだと、人物を見る目がないと判断されて、社内やグループ内での立場が危うくなるね」


「申し訳ありませんがそこは呑んでいただきたいです。僕はネストを救いたいですが非力なので、同じ志を持つ人に協力してもらいたい。だからこそ、極力危険な目に遭わないようにしたいとは思っています。しかし、完全ノーリスクというのは……」


「そうだね。そうだろうとも。問題の大きさを考えれば、それは当然というか、覚悟もなく手を出すべきではないと私は考えているよ」


「……」


「そもそもネストの問題は本来、社会問題として取り上げられて然るべきだ。誰かが責任を取らなければいけないし、そのうえで解決しなければいけない。君の提案を受け入れた場合、私のリスクは些末なものだ。そして、一番危険なのはやはり君自身となる。それは、君自身も理解しているね?」


「はい」


「君の計画が失敗した場合、私が最も恐れているのはこの身の安全なんかじゃないんだ。次にネストを救おうとする人間がいつ現れるか全く分からなくなってしまうし、下手をしたら、ネストをなかった事にしてしまうかもしれない」


「なかった事?」


「爆破してしまうのさ。”敗戦国についてはこれまで我々が管理していましたが、彼らの権利と自治を認め、今後はお互いに干渉しないよう条約を結びました。この広い宇宙で、我々が再び邂逅する事は二度とないでしょう。”そんなシナリオが進んでしまったらどうする。多くの命が犠牲となり、だれも責任を取らないまま偽りの歴史が刻まれていく。それは、許し難い事だ」


「ヤーネルさん……」




 ヤーネルは自己の安全や地位などには固執していなかった。彼の言葉を聞いて俺は安堵し、嬉しくなった。ようやく、信頼できる人間と出会えたと思ったのだ。




「では、ネストの惨状について、多くの人間に認知されるようにいたします。それで、監視する専門機関を組織してネストに常駐させましょう。これは無論、民間で発足させます。人権派の弁護士や活動団体に働きかければ、すぐに組織化できます。また、うちで扱っているエンタメ事業で少しずつ戦中、戦後について意識が向くように誘導し、無関心となっている人類の目が向くようにいたします」


「できるかい?」


「やってみせます。そのためにも、協力いただけないでしょうか。特に人脈の面において僕は無力です。信頼できる方や、動いてくれそうな方を紹介していただきたいです」


「……そうか」



 

 言ってはみたものの簡単ではない。紹介されても馬が合う合わないがある。計画に参加してくれないという事もあるだろう。密告される可能性も考慮すべきだ。エンタメでの国民誘導についても、急にメディアの思想色が強くなれば面倒が起きるし、現場への伝え方も工夫しなければならない。解決すべき問題は山積みである。

 だが、それで前に進めるのであれば安いものである。停滞遅延していた計画が動き出す事を考えれば、どれだけのコストを支払ってでも、やる価値があった。




「……アシモフ君」


「はい」


「私がなぜ、商務省などの会議に参加して豚のクソのような人間どもに笑顔を向けているか、分かるかい?」


「……いいえ」


「僕はね。今のこの国の政府。ひいては人類をまとめている機関や組織そのものに強い反抗心があるんだ。彼らは口では綺麗事を言うくせに、いざどこかで問題が起きたら見て見ぬふりをする。解決できる力があるくせに、それを自分達の利益のためにしか使わないんだ」


「……」


「だから、私が変えてやるのさ。そのための第一ステップが、この国の最高権力を手に入れる事。ウィルズなんていうクズと付き合っているのは、それが目的だよ」


「ヤーネルさん……」


「アシモフ君。やはり君は面白い男だ。ネストについては、是非協力しよう」


「……ありがうございます!」




 二人以外誰もいない会議室で握手を交わす。

 ヤーネルの力強さに、俺はつい、一筋の涙を落としてしまった。

 



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