起業11

 その会議の構成は、議題となる事象について数字を出し、あれこれと意見を交換するという具合である。芯を食った提言、提起はあるもののマクロ視点での弁が多数であり、労働者や現場への対応は二の次といった様子で、さすが経営者だなという印象を受けた。


 高度に発展した人類においてはやはり高度な人権意識が形成されていたが、人間は感情の生き物だから問題が一掃される事などあるはずもなく、人種、性別、年齢、生活水準など、多様な要因による問題が日夜起こりニュースやゴシップ記事を彩っていた。その中には資本家階級と労働者階級との間にある格差、軋轢も含まれており、それぞれ「雇ってやっている」「働いてやっている」という意識のもと、相入れない価値観と思想から起こる無為不毛な闘争が行われ報じられていたわけだが、定例会では「それはもう仕方ない」という結論で一致し話が進められた。労働者に働いてもらわないと困るが、これ以上の権利を与えてしまった場合組織として破綻するから、何かが起こるまで静観を決め込むという対応に落ち着いていたのだ。労働者の問題は現場の問題。経営者は経営が仕事というわけである。合理的な思考だ。

 その他にも議題の中では大変上層の話が当たり前のように繰り広げられていた。国の経済と市場の骨子に関わるディスカッションが平然と執り行われ、「凄い」という感想しか出てこなかった。俺は経営術に疎く、会社の方針や動きについては吸収した企業の代表と企業戦略AIに丸投げしていたためレベルの差を痛感した。時に「アシモフ君。君はどう思う」などと聞かれ、発言すれば失笑というような場面が度々。屈辱だと憤慨しながら周囲に目をやると、中には腑に落ちたような顔をして頷いている者もいて(内心はどうか分からないが)、まるきり的外れというわけでもないのだなと無理に呑み込み納得する事にしていた。

 俺が恥をかいている間にも議論は続く。この定例会は社内のチーム会議などにありがちな沈黙などまったくなく進み、続き、様々な意見と冗談が混ざり合って、絶対に誰かが話をしている状態が常となっていた。静寂は消え失せ、目まぐるしく発言者が変わっていく。それでいて、誰が何についてどういう見解、見識をもっているのかは極めて分かりやすく進行していくのだった。さすが会社の代表ともなると皆一本筋が通っていて分かりやすいなと感心したものだ。参加者は全員知識と哲学を持ち、一言一言の重みが違った。俺は彼らに対して、尊敬と軽蔑という極めて矛盾した感情を抱いていた。会社を立ち上げたり運営したり、高度なロジックや激しい情熱で目的と理想を語れる姿やメンタルは憧れさえ抱かせたが、ビジネスマンとしての冷徹さ。企業人としての通俗さについては賛同できない。自分が果たし得ない偉業を成し遂げていることについては感服するものの、それはそれとして感情、思想の部分で拒絶する部分があって、ワイターなどに対しても例外なく、明確に“嫌だな”と感じるところはあった。だからこそ公私の私の面では彼と仲良くなれないのだ。これは、お互いにそうなのである。

 この時ゲストである俺は黙っていればよかったが、次回、その次と参加するのであれば、やはり企業人としての教養と意識が求められるだろう。俺が嫌悪している、経営者の冷たい思考である。それを自身の内に宿せるか、不安だった。



「それでは、本日はこれくらいにしましょうか」



 柏手のように手を叩きウィルズが閉会の合図をすると、それまでの議論を秘書がまとめ、議事録の一斉送信が行われた。誰が何を言ったかは勿論、ご丁寧に文脈やニュアンスの補足もなされている。完璧ではないが、AIが文法、行間、感情を分析しているのだ。整合性のチェックは人力ではあるが、いずれ本当に機械が幅を効かせる未来が現実になるかもしれないなと、先までの不安はどこへやら、一人胸を踊らせた。



「それでは解散しましょう。皆様、本日はお忙しい中ありがとうございました。どうぞ、次回もよろしくお願いいたします」



 その一声により会場の空気が一瞬で爆ぜて静る。座っていた各社代表が瞬間的に、一斉に席を立って会議室を出ていったのだ。スケジュールがタイトな彼らに暇はない。参加者同士で食事や交流もなされるだろうが、その場合は既に場所を押さえている。モタモタする理由も時間もないのだ。

 閑散とした会議室には俺とウィルズ。それとヤーネルが残っていた。ワイターがいてくれればと思ったが彼も多忙。俺の世話ばかり焼くわけにいかない。当初の予定ではさっさとウィルズに「ありがとうさようならこんごともよろしくおねがいします」と言って帰る予定だったが、二人いるのでは仕方ない。俺はウィルズとヤーネル、両氏に聞こえるように「本日はありがとうございました」と、大きな声で例を述べた。




「いやいや、こちらこそ若い人間の話が聞けて新鮮だったよ。引き続き、仲良くやっていきましょうか」



 先に返事をしたのはウィルズだった。



「はい。お願いいたしますウィルズさん……ヤーネルさんも、本日はお話しいただき、ありがとうございました」


「構わないよ。私もウィルズさん同様、君の話が聞けてよかった」




 簡素な挨拶に安堵。長々と説教でもされたらどうしようかと思っていたが杞憂だったと眉が開くも、生憎とそう上手くはいかない。




「アシモフ君。これからどうだい。昼食でも。イケるオイスターを出す店があるんだ」




 ウィルズの誘い。断るわけにはいかない。耳に入ってから一秒。「よろしいんですか?」と即答。想定していないわけではなかったため迷う事もなく即決の対応。



「それはよかった。ヤーネルさんもご一緒にどうですか?」



 ウィルズの誘いに、ヤーネルは「お呼ばれしましょう」と承諾。緊張が、まだまだ続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る