起業12

「では、行くとしましょうか。ヤーネルさんはご自分のお車で向かいますか?」


「いえ、私は電車なので、お車にお邪魔したいと」


「あぁ、噂は本当だったんですね」


「噂?」


「はい。移動は専ら公共機関をお使いになると耳にしています」


「あぁ、なるほど。えぇそうですよ。私はほとんど電車やバスを利用します」


「どうしてそんな不便な事を。時間の融通も利かないでしょうに」


「それがいいんですよ。イレギュラーは思考を豊かにしてくれる。電車、バスの場合、時刻表の乱れや社内でのハプニングが往々にして起こるものです。鉄道会社の対応。人々の反応。駅の混雑ぶりなど、大変興味深く観察できますから、実にいい。一つの事象によりミクロからマクロまで影響されるわけですからね。個々人がどんな行動をするのか、その結果がどう繋がるのか。これ程想像力を掻き立てられるものもない」


「相変わらず変わってますね」


「人と同じでは企業の代表など務まりませんからね」


「それはそうですね。確かにそうだ」




 ヤーネルの変人趣味を聞いたウィルズは苦笑いを浮かべて「行きましょう」と腕でゼスチャーをし、三人並んで車まで歩いていた。この時、しきりにウィルズが俺に話をふってきて、車に入ってからももっぱら二人で話す事となった。ヤーネルに付き合いたくなかったからか俺への気遣いなのかは不明である。




「仕事はどうだい、アシモフ君」




 車中、後部座席。高級車特有の対面シートの中でウィルズの質問に答える。




「はい。吸収した会社の方々が非常にご立派でして、経営も運営も現場も抜かりなく対応いただいております。競争企業同士の合併だったのでどうなるかと思いましたが、案外上手くいきましたね」


「中小の合併だから、そこまで軋轢などもなかったのかもしれないね。むしろ、規模が大きくなって人員も増えたから一人あたりに掛かる工数も減って合理化できたんだろう。上手くやったよ」


「恐れ入ります。ところで、ウィルズさんは今回、どうして私を会議に呼んでいただいたのですか?」


「あぁ、ワイタ―君や、他の社長さんから推薦があったんだよ。会議の中でも話題にあがったけれど、君の他社に対する協力的な対応がよかったんだろうね。皆、感謝していたよ」


「そうですか。そうったお話を聞けると、大変嬉しくなります」


「まぁ、彼らのためにも一層励んでくれたまえよ。一緒にこの国の市場をよりよく、それこそ、格式高くしていこうじゃないか」


「えぇ、是非」




 他社への支援や業務提供は完全に打算だったし、財務省と距離を取っていた事から相手側もそれに気づいているはずだった。だからこそ、彼らは俺を定例会へ参加できるよう推薦したのだ。それはウィルズだって承知している。この会話は、その確認である。ウィルズの言葉を訳すと、「お前が援助した企業とはこれで貸し借りなしだ。商務省で抱えてやるから、相応の行動をしつつ金を稼げ」という意味となる。優しい言葉で圧をかけているのだ。この意向に沿えなければ俺はゴミ同然に捨てられて二度と這い上がれない。成果を残しつつご機嫌も取る事が、なにより重要だった。




「私から一ついいかな、アシモフ君」




 ヤーネルの言葉に「はい」と答える。愉快そうな口調であったが、会議室で交わした会話の内容や、先の電車移動の話を思い出し、何を聞いてくるつもりだと緊張が走った。




「君の最終目標を聞きたい」


「最終目標ですか?」


「そうとも。あぁ、人生とか生き方の話じゃなくて、今やっている事業での最終目標だね。全国ナンバーワンシェアを狙いたいとか、配送にかかる時間をこの上なく短くするとか、そんなレベルでいいんだが」


「そうですね……」




 最終目標は言うまでもなくネストの解放、救済なわけだが、勿論それは胸の中にしまっておかなければならない。ので、対外用に用意している建前を使う。




「……そうですね。現代では技術の進歩により誰もがすぐに物を手に入れられる時代となりました。国境が違っても、星が違っても、やろうと思えば即日中に購入した物が手に届く時代です。ただ、細々としたものや備蓄品などは無駄なラグが発生しているし、それを補うための既存サービスでは手数料の割高感が否めない。そこに、ストアで売っているような商品をほぼ定価で購入できるようにしているんですが、最終的にこれが当たり前の社会になるようにしていきたいですね」




 この文句はアシモフ地域配送を立ち上げる時に並べた文言とほぼ同様である。

企業規模が大きくなったのと俺が既にユニバーシティに入ったため学生配送はできなくなってしまったが、それでも初期サービスは依然展開していた。どうやっているのか。簡単だ。赤字で運営しているのだ。

 業務自体は至極簡単。正規雇用で雇った人間にシフト制で働いてもらって、エリア内で配送依頼があれば商品を買って届けるというもの。個人事業主やバイトを使うわけでもなく、月幾らで人を雇っているから人件費もかさんでいて健全とは程遠い状況なのだが、これを継続している理由は選挙対策である。前にも書いたが、計画が進み、立候補した場合の土台を作るために続けているのだ。

 この事業については幸いにして講演やタレント業、webコラムの原稿料、著書の印税などで入った金を使って補填はできていたからグループそのものに問題はなかったし株主からも一定の理解を得られていた。不採算案件をテコ入れもせず抱えているのは明らかな問題であったが、「地元のために」という大義名分があるとこれはもうプラスの効果に働く。




「……なるほど。立派だね。アシモフグループの前身は私も知っているから、なるほど腑に落ちる答えだ」


「恐縮です」


「ただ……」


「……なんでしょうか」


「君、現在の消費意識について懐疑的な意見を述べていたけれど、君のその目標はその消費者意識を助長させるものなんじゃないのかな」


「……」




 鋭い指摘である。確かに、気軽かつ手頃に購入ができて、しかも即手元に届くというのは俺が会議中に発言した“堕落”に該当するところだ。矛盾している。だが、そこについてのエクスキューズも当然用意してある。




「仰る通りかもしれません。しかし、それを必要としている人もいる。例えば、お年寄りや時間のない主婦の方です。そういった方々に対してわが社のサービスはライフラインに近い存在だと考えておりますので、これは続けていきたいですね」




 あくまで弱者。困窮者への慈善活動という位置づけであるという事にしておけばそれ以上の批判はない。これはWebで批判された際に実証済みである

 




「……素晴らしい。その考え方は、大切にした方がいい」


「はい! ありがとうございます!」




 難を逃れ、車はレストランに到着した。そこで俺はオイスターとドリンクをいただき、帰りのタクシー代をいただいて現地解散となった。時間は昼少し過ぎだったが、既に十時間は経っているのではないかと思うぐらいに疲れ果て、帰宅すると即座にベッドへ吸い込まれていったのだった。

 


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