起業10

「……ただ売上がある。利益が出ているからといって、この場にお呼びいただけるものではないと考えております。業績以上に大切なものがある……なるほど、こうして改めて考えてみると、足りていなかったものが、はっきり分かるような気がしてきました」


「それはなにかな?」


「格ですかね」


「格?」


「はい。格です。今の時代、稼ごうと思えば、儲けようと思えばいくらでもできます。ベーシックインカムと税率緩和が思いの外効果があり、消費傾向が高まっている状態が続いておりますので、知恵と読み次第で簡単に金を得る事はできるでしょう」




 ベーシックインカムと税率緩和は財務省主導で行われた政策である。案の定、ウィルズ他、多数に一瞬表情への動きが見られた。俺のこの発言は経済の安定は財務省による功績ですと言っているようなもの。快く思われないのは当然であり、想定内だった。




「ですが、ただ稼ぐというのでは品がない。やはり、貴賤というものは存在します。我が国は確かに豊かにはなりましたが、それ故に誰もが安易に、安直に物を考え、生産と消費について短慮となっています。具体例を出しましょう。例えば先程消費傾向が強まっていると申し上げましたが、内訳としては消耗品と食費の割合が顕著に上がってきている状態です。ベーシックインカムのおかげで、抑える必要がなくなった部分が上がったと見るべきでしょう。しかし、逆にレジャーなどについては減少しています。労なく腹が膨れ、サブスクリプションなどの定額サービスで簡単に時間を潰せる。楽しみや余暇に時間をかけなくなっているのです。我が国は、生きていくうえではこれ以上ないくらいに恵まれていますがしかし、面白みがない。与えられた物を貪り、本当にしたい事、やりたい事が見えないまま生涯を終える。それが現状です。一昔前ではこういった生活を堕落と言いました。働かずとも生きていける。苦なく安寧を享受できる。何から何まで人任せ。自身の人生についてさえです。そんな人間から金を得るにはどうしたらいいのか。山盛りのポテトとコメディを提供してやればいい。私がそれなりの資産を築けたのはそういったサービスを展開したからです。飲食、エンタメ業界に参入し、脳が回っていない人間向けのコンテンツとサービスを提供していた。おかげで金は入りましたが、これは糞と同じです。愚鈍な人間を太らせて出る排出物を僕は得ていたのです。そこには哲学も理念もない。薬の売人となんら変わりがない。しかし、その行為が如何に下品で低俗かという事が最近になってようやく分かってきたのです。チューコさんには価値の創造と拡散による発展。マイトさん(Webコミュニティサービス企業)には今を少しだけ未来にというスローガンを掲げておりますが、アシモフグループにはそれがありません。売り方が薄く、企業としての筋が細かった。格がなかったのです。だから、これまで皆様のお眼鏡に叶わなかったのだと思います」


 

 長々とらしくもない演説。仰々しい物言いは噴飯物だ。日本にいた過去の俺が聞いていたら恥ずかしさのあまり自殺するだろう。だが、今の俺ならば「頑張ったんじゃないか」と労う事くらいはできる。この時の俺の必死さを、俺はよく理解している。これまでできなかった事。逃げてきた事に挑んだのだから、そこは自画自賛であっても認めたいものだ。

 また、今の俺のこの感想と同じく、定例会に参加していた人間は俺について好意的に評価をしていたと思う。正直言って内容はお粗末だったし、根拠も検証もないから妄言で片付けられてしまってもおかしくなかったが、出席されている方々は皆優しく、子供か孫でも見るような目を向けていただいた。大変感謝である。くたばれ。




「ありがとうアシモフ君。商売について、君なりの考えを聞けてよかったよ」




 そう言って微笑を浮かべるピーターソンに唾を吐きかけてやりたかった。右手に銃がもしあったら撃ち殺していたかもしれない。社長や経営者という人種については畏怖しながらも尊敬できる部分を持っていると考えてはいるが、俺に害を与えてくる人間についてはそんなもの関係なく死んでほしい。




「それじゃあ最後にもう一つだけ聞きたいんだが」




 この期に及んでまだピーターソンが何か言おうとしていた。「拒否します」と突っぱねたかったがそれは無理な話。「なんでしょうか」と答える事しかできない。




「君が今まで哲学なく商売をやってきたと思っているのは分かった、それじゃあ今回、どうしてここに呼ばれるようになったのか。これまでと何が違うのか、教えてくれないかな」



 素直に「根回ししました」と言いたかった。あれこれ考えるより正直に話した方が遙かに楽なのにそれができない。難儀なものだ。




「皆様の足元くらいの位置に上りたいと、一所懸命に考え行動しました。表面的な自社利益ばかりを求めるのではなく、他社様と協力し経済や市場の発展にどう寄付するかという事を念頭に置いて動いていたところ、お声がけいただいたという形です」


「それについては聞いているよ。随分と身銭をきったそうだね」


「勉強代と、今後の事を思えば安いものです。おかげでこうしてこの場に並ばせていただいておりますし」


「なるほど。面白いね、君は」




 ピーターソンは俺を眺めている。どういう感情なのかは測るべくもないが、値踏みされているように思えて気分が悪かった。




「さて、お喋りはこのくらいにして、そろそろ会議を始めましょうか」




 ウィルズの一言により俺への注目はなくなった。椅子にもたれると、肌着が汗を吸っていて不快だったが、人前で話すよりはマシだなと思い、会議の内容に集中したのだった。


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