起業9

「それでは始めましょうか」


 追従笑いが終わると、ウィルズは威厳のある様子でそう告げた。開始時間より三十分が過ぎた頃である。



「まずはじめに、今回はゲストをお呼びしていますのでそちらのご紹介から。アシモフグループの、ピエタ・アシモフ君です」


 

 起立を促されたので立ち上がると、わざとらしい拍手が起こり、示し合わせたようにピタリと止んだ。そのタイミングで、ウィルズがまた口を開く。



「……彼は学生ですが、小さな頃から事業を起こし、今ではこの国を代表する大企業の代表となりました。チューコのワイターさんも若いが、ユニバーシティに籍を置いたまま、ここまでの実績を上げた人間を私は見た事がない。是非、成功の秘訣を教えていただきたくご参加いただいた次第です。それじゃあアシモフ君。一言お願いしていいかな」



 再び拍手と阿諛の笑いが響く。一同の視線は俺に集中し、制御できない緊張が身体を萎縮させた。


 完全に呑まれていた。

 強張っていたのは分かっていたし、それを見抜かれているのも理解できた。全員が全員、「この青二歳はどう対応するのだろ」という奇異の目でこちらを見ていたのだ。身体が、震えた。


 もう何回こんな目に遭っただろうか。現実世界でもエニスでも緊張のあまり無様な醜態を晒し、周りの評価と自尊心を落としていた。今回も、また今回も、同じような姿を見せて小馬鹿にされるのかと、筋縮小と神経の迷走に身悶えしながら息を呑み込む。変わらない、屈辱の味である。



 まずい。下手は打てんが、下手を打つ気しかしない。



 内心で焦りながら平静に努める。沈黙の時間はまだ不可解と感じる程経過していないが、すぐに察する者が出てくる。早くなんとかせねば。そう思えば思うだけ心音だけが早くなり頭の方は混沌となる。いつものパターン。負け犬のチャート。このままではネストの解放など土台無理な話。悔恨の中で、「なにもできなかった」と己を呪うばかりとなってしまう。



 なんのためにやってきたのだ。



 涙と汗を抑えて自問。

 なんのためか。

 そう聞かれたら、名も知らぬ老人のため、罪なき人間の救済のためであると答える。



 俺のために人が死んだからだ。また、俺がやらなければもっと死ぬからだ。ハルトナーなら、こんなところで臆したりしない。であれば、やらねばならない。そうだ。ただの挨拶に何を恐れるのか。これならば、エストで軍の関係者を前に銃の説明をした時の方が余程緊張したではないか。




 俺は過去の失敗ではなく、成功体験を思い出した。シュトーム将軍を前にして自ら作った銃の威力を証明した事である。

 あの時もそうだった。やらねばならない状態だった。そして、より重要な場面だった。あそこを乗り切った俺が、こんなところで躓くわけがない。そう思った。

 勇気が湧いてくると、俺は辺りを一瞥して笑みを作った。今度は引きつっていなかったと思うが、自分で見ていないから分からなかった。



「ご紹介に預かりました、ピエタ・アシモフです。今回はお招きいただきまして、大変光栄でございます。私など、皆様の足元に及ばぬ浅慮若輩の新参ではございますが、どうぞ、名前だけでも覚えていただけると幸いでございます」




 言い終わり、礼を述べると笑いと共に拍手が起こった。挨拶は無難に完了。一安心。




「アシモフ君、君に質問があるんだが」




 だが、やはりこれで終わりではない。束の間の安堵が終わり、心臓が再び鼓動を早くする。いらぬ事を言ったのはドローン業界世界四位のシェアを誇るディメンショナルロボテックスのクラス・ピーターソンである。




「なんでしょうか」


「君程の商才と実績があればもっと早くにこの定例会に参加できていたと思うんだが……どうしてこのタイミングになったのかな」




 嫌な質問だった。

 素直に「税務省と仲良くしていたからですかね」と言おうものなら全員から総スカンである。事実として商務省と税務省の仲は悪いが、それは暗黙の了解であり、建前上は国営のために協力関係を維持している事になっている。同じ御旗の下、国家安泰という共通の大義名分があるわけだから、省同士の仲が良い悪いといったような事を公の場で言及するのは非常にまずい。従って、俺は事実とは反する答弁を行わなければならない。これはピーターソンの悪質なかわいがりである。


 ……苦しい。



 通常に戻りつつあった心臓がずっと忙しなく動いていた。ただでさえ尋常な状態ではないのに、そんな不慣れな真似もしなければならないというのは酷な話ではないか。




「生憎ですが、僕には分かりかねます。きっと不足している部分があったのでしょう」




 あくまで冷静に、気にしている素振りも見せず内容に答えるも表情は険しかっただろう。だが、ピーターソンは構わずに話を続ける。




「その不足している部分というのは、なんだと思うかな?」


「分かりません。逆にお伺いしたいのですが、いったいなんだったとお思いですか? ご教授いただけませんでしょうか」


「まず、君の考えが聞きたい。あぁ、“思いもよりません”なんて返答はなしにしてくれたまえよ。例えゲストといえど、この会議に参加するような人間がそんなぼんくらなわけがないからね。君の考えを、君の言葉で教えてくれ」


「……」




 周りの人間は誰も止めない。先ほどと同じく、俺がどう反応するのか見ているのだ。どいつもこいつも、性格が悪い。





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