起業8

 政治家連中もそうだが、経営者連中というのも俺とは比較にならない傑物ばかりである。まずエネルギーの桁が違う。俺が死に物狂いでやっている以上の事を平気な顔をして実行していくのだから恐ろしい。ベーシックインカムが導入されたうえあらゆるサービスの自働化が進み競争も鈍化しているこの国の社会においてなお、彼らは貪欲に顧客満足度の向上、利益の追求ができるのだ。安定をよしとせず発展を望むその姿勢はパワフルでダイナミック。ひたすら邁進していける偉大なる才能を持っているのだ。。


 そんな経営者だが、雑に分けると二つのカテゴリがある。理想論者と拝金主義者だ。


 理想論者の場合、会社を潤す必要はあると考えてはいるが、それ以上にヴィジョンや目標に対しての執着が抜きんでており、その名の通り、理想を語らせると膨大な熱量をもって話を始める。彼らは自分がやりたい事、信じている事をひたすら突き詰めて向かっていける人間で、だからこそ製品やサービスに妥協ができない。理想論者にとって顧客の獲得と満足度は自身の考えの肯定であり存在価値そのものとなるのだ。

 一方で拝金主義者は全てにおいて金。金だ。金意外に価値はないというスタンスを貫くタイプで、場合によっては信頼や信用も換金していく。こういう経営者は創業から代を重ねた大企業に据えられる事が多く、継続した業績悪化を立て直すために就任する事が多い。特に株式会社となると株主の意向を無視できないため、黙らせるためにも金の力が必要となり、彼らに白羽の矢が立つのだ。そして、企業の理念や哲学など無視して徹底的な合理化とコストカットを進めていく。

 どちらも一長一短があり、正解不正解を決めるのは市場。つまり顧客に委ねられる。経営者にとって、客とは成果そのもの。タイプは違えど、求めているものは同じである。


 商務省定例会議に呼ばれている中での理想主義者と拝金主義者の割合は六対四程度であり、ワイタ―は理想主義者に属していている。利害関係もあるが、そういった人間的な部分があって、彼とは話がしやすかった。経営者としてドライな部分はあるから、お友達というわけにもいかなかったが。




「ワイタ―さん」



 そのワイターに、声を潜めて話しかけた。参加者は俺を含めて全員着席しており、ワイターは俺の隣だった。




「なんだい」


「この会議って、いつ始まるんですか? 時間過ぎているようですが」


「それは君、副局長がいらっしゃってからだよ」


「副局長。商務省のですか?」


「それ以外どこの副局長が来るっていうんだい」


「いや、ま、そうなんですが、政府の方が民間の人間を待たせるっていうのはなんだかあまりないような気がしまして、別の方が来るのかもと……」


「本来であればそうだろうね。ただ、商務省は違うのさ」


「なぜ?」


「後で教えてあげるよ。というか、多分君なら会議の中で気が付くだろう。それより、そろそろ黙った方がいいよ。もうすぐいらっしゃるだろうからね」


「……」




 ワイタ―の言葉に従い口を噤むと、廊下の方から人が歩いてくる音が聞こえた。音は段々と鮮明となり、扉の前で止まると、扉が大きく開かれた。




「皆さんどうも。今回もお集りいただき、ありがとうございます」




 身体が大きく、高いスーツを身にまとった男が秘書を連れて現れた。彼が商務省副局長であるのは疑いようがなく。俺は汗を拭った。




「いやぁそれにしても、毎回待たせてしまって申し訳ありませんね。できる限り早く来ようと努力はしているのですがね」




 副局長は陽気な口調でそんな事を言いながら、どっしりと上座に座った。深く沈む姿形が、達磨のようだった。




「ウィルズさん。昨晩はなにをされていたんですか?」


「本当は早く寝ようかと思っていたんです。毎回毎回遅れているし、立場というものもありますから、たまにはしっかりと時間を守って、定刻通りに会議を始めようと決めていたんですが、皆様に会えると思うと、もう胸が高鳴り楽しみで楽しみでしかたなくなって、それで、なんとか鎮めようとボトルを開けたんです。するとですね。気が付けば二時。私も若くないものですから、たっぷりと睡眠を取らなければなりません。大変心苦しかったのですが、しっかとり八時間、ぐっすりと眠って、朝食も食べてからこちらに急いで来たというわけです」


「いっそこの会議室にお住まいになられてはいかがですか? 質の良いベッドを送らせていただきますよ」


「それは素晴らしい提案ですね。是非ともそうしたいのですが、家内がなんというか。帰りが遅いとね、いつも言われるんです。”犬の散歩は貴方の仕事でしょう”って。そんなの君がやればいいじゃないかと反論できればいいんですけれど、もしそんな事を口走ったら、翌日から犬が私の席でブランデーを飲む事になるでしょう。しっかり犬の散歩を、亭主の仕事をしないと、私は犬小屋でドッグフードを食べる人生を送らねばならくなるのです」




 退屈なジョークに笑いが起こる。無論、愉快であるからというわけではない。ご機嫌取り、愛想の一つだ。社長連中など時間が幾らあっても足りないだろうに、遅刻したウィルズに対して誰も怒る素振りさえ見せない。それは、彼と他の連中との間に明確な強弱の力関係が働いている事を意味していた。



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