起業6

「ワイターさん。この定例会で、僕はなにをすればいいんでしょうか」

 


 立ち回り把握のため、ワイターにご教示を願う。というより、ワイターはその質問を受けるために早くから会議室へやってきたのだろう。参加者への挨拶を行うため、俺が一番に会場入りすると見越していたのだ。チューコにとって俺とアシモフグループにはまだ利用価値があるから、貸を作っておいても損はない。



「挨拶と謙虚な態度を取っていれば大丈夫だよ。今日はゲストだ。気楽にやればいい」


「とはいえ、緊張しますがね」


「まぁそこは君、腐ってもビジネスマンなんだから上手く乗り切ってくれ。それと、参加される各社の代表のお名前とお顔は把握しているかい?」


「それはもう、元々有名な方々ですし」


「それならいい。ちなみに、だいたい最初はアンデックスのヤーネル社長がいらっしゃるんだが、彼とは仲良くしておいた方がいいね」


「今、飛ぶ鳥を落とす勢いの企業ですもんね」


「なんだその比喩は」


「あぁすみません。古い文献で、そんな言葉があったような気がしまして」



 

 つい出てしまったこの世界にはない慣用句について誤魔化しつつ、「アンデックスか」と心の中で呟いた。


 アンデックスはリアルタイム情報収集サービスを提供している企業だが、その前身はWeb特化のサービス展開をしていたディディールである。

 アンバニサルにおけるWeb文化黎明期において一躍躍り出た検索エンジン"ディディール"は、その後様々な技術革新によって飛躍し、オンラインで必要不可欠な存在となっていった。寡占、独占となっているツール、ソフトは数知れず、回線が繋がっている限り直接的、間接的に利用されるシステムを構築。トップシェアから陥落する事なく、常に国内ランキングに座り続ける一大企業で、天下、王者、覇者という言葉が長く飾られていた。


 ディディールの時代は続くが、母星を破壊するまでに至る戦争が始まると企業は解体。それぞれのサービスを担っていたチームが独立し起業していく事となる。


 これはディディールによる反戦への意思表示である。


 時の政府は圧倒的シェアを誇るディディールに情報と技術の提供を求めた。

 有事における政府決定は絶対であり拒否権はない。戦争協力のために、ディディールは蓄積したデータとノウハウを無償で提供せねばならなかった。

 この決定に意を唱えたのが当時のCEO、パイサイである。彼は反戦主義であり、開戦後は自由と平等を常に求めていた。争いは避けるべきであり、争うのであれば市場に影響を与えるべきではないと政府批判を繰り返して逮捕寸前までいった事がある。

 そんなパイサイがディディール解散を発表した際のスピーチが、次の通りである。




「ディディールの意思は創業以来変わっていない。文化と自由を重んじ、世界の革新に向けて最大限の努力を惜しまない事を理念として掲げている。今回の解散は、その意志と理念を守るために行われるものだ。今日、我々はそれぞれ別々の分野に枝分かれしていくが、これは崩壊ではない。新たなる組織としての、前段階にしか過ぎないのだ。我々は大きな一歩を踏まんとしている。そうなった要因は……よそう。これを言うと逮捕される。ただ、他に例を見ない、ろくでもない事情というのは確かだ……だが、我々のこの一歩は時代に残り、人々の記憶に残るだろう。誰がための、何のための、いつのための一歩なのか。それは、あなたのため、平和と自由のため、未来のための一歩なのだ。我々は、この一歩を忘れはしない。我々は、この一歩によって記憶される。我々はこの一歩から始まる。ディディールは解散するが、その魂は失われはしない。未来永劫、永遠に不滅の礎が今日この日、刻まれるのだ」




 このスピーチは後年、教科書に掲載される事になるのだが、それは人類の拠点が人工惑星に移ってからの話。それまでパイサイは国賊と非難され家族ともども強い批判を受けていたし、死後の評価も散々だった。

 パイサイと世論、どちらが正しいのかは立ち位置と哲学によって異なる。ただパイサイ自身が、非常に強い信念を持っていたのは疑いようのない事実であるし、それがディディールのカラーでもあった。パイサイの下で働く人間は誰しも例外なく彼の意思に賛同しその指示に従った。殉教の精神に似ていて、ディディールが企業という枠を超えた、宗教に近い存在であった事が伺える。分裂した後もその影響は色濃く、ディディールから派生した企業は全て創始者とその意志を継ぐパイサイを神格化している。それはアンデックスも同じであり、公式サイトにわざわざ「パイサイとディディールの意思によるサービス」という一文を付けているくらいである。


 さて、ここで疑問が生じる。反戦主義で反政府活動をしていたディディールの意思を継ぐ企業の一つが、どうして省の集まりに参加するのか。

 人工惑星は、戦争を回避せず、母星まで破壊して自由と文化とアイデンティティを損失させた国々の末路である。ディディールにとってみれば遺恨もあるし、迎合もできない。アンデックス以外の派生企業は、全て政府関係と距離を取っていた。その中でアンデックスだけが商務省の会議に出席している。誰しもが、裏があると想像する。その裏に、俺は興味が湧いていた。


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