起業5

 財務省との関係性を適切なものに修正すると、今度は、大変遺憾だが腹を括って商務省と交流を持つ決意を固めた

 プレゼントとして当該省と関係性の深い企業に業務や情報を提供しこちらの意向を暗に伝えた。幾らか金をかけると関係者とのセッティングも増えていき、その内にお仲間の証として定例会へ招待いただいた。場所は商務省別館の会議室。この定例会は中軸企業の代表を中心に集められ、経済状況や情報、知識の共有を行い財務方針の参考にするというものである。

 企業がこの会議に参加するメリットは大きい。まずは未発表の情報を事前に収集できる点。商務省に取り入る事ができ、法的、市場的に融通を利かせられるようになる点。そして、大企業同士が集まり、その場で新事業、提携の話が進められる点がある。例えば飲食業。売り上げが低迷しているのであれば、通信企業と手を組み、広告の効率化などの話を詰める事ができるし、通信会社の方は懇意にしている広告会社や代理店、デザイナーを薦められるわけである。お互いwin-win。巨大企業同士の最高レイヤー同士が即断即決できる機会というのは貴重だし、経済の活性化に繋がっているといえなくもない。


 その定例会に俺が呼ばれたのは意思確認の趣が強かった。「今後、私達と一緒に国の経済を発展させていきましょう」という提案に対して返答をする場を与えられたという事だ。反吐が出そうだったが参加しないわけにも、その問いにNoを突きつけるわけにもいかない。「この度は一経済人として責務をまっとうしたいと存じます」と判で捺したような声明を述べなければならないのだ。






「お世話になっております。アシモフグループのピエタ・アシモフです。今回、商務省の会議にお呼びいただいたのですが……」



 受付にそう告げると、「それでは、十六階、第三会議室へお進みください」と言われ、それに従った。広いホールに広い廊下。見るからに金が掛かっていますという佇まい。こんなところに税金を使うなという市民の声が聞こえそうだが諸外国のお偉方を招くといった場合も想定されているので、ボロのテナントを使うというわけにもいかない。見てくれは大切である。



 十六階、第三会議室へ入ると、チューコの社長、ジョン・ワイタ―が既に座っていた。



「やぁアシモフ君。久しぶり」



 

 ワイタ―とは業務提携の際に会った事があって、そこから関係が続いている。性格はまさしくベンチャーの社長といったところで、高いバイタリティと公私を切り替えられるドライなメンタルを持っていた。利害関係が一致している間は実に頼もしく、楽しい相手である。




「お久しぶりですワイタ―さん。今回はよろしくお願いいたします」


「あぁ。それにしても、君が出席できてよかったよ。あまりに“ルール”を分かっていなかったから、ずっとヒヤヒヤしていたんだ」


「ありがとうございます。ワイタ―さんからレッドフィールドさんをご紹介いただけなかったら、どうなっていた事か……」




 レッドフィールドとは財務省との繋がりについての提言をくれた商務省OBである。会食の際にワイタ―が招き、「君はもう少し学ぶ必要があるね」と紹介してくれたのだ。




「今はもう税務省とは距離をおいているようだね」


「そうですね。完全に絶縁というわけではありませんが……今度、エンタメ分野で、うちと取引のある個人クリエイター向けの納税サービスを展開しようと考えているので……」


「ふぅん。でも、それだったら正規雇用に切り替えた方が早くないか? 多少多く払ってでも会社として囲い込んでおいた方が得だろう」


「そうですね。なので、並行して実施していきます。クリエイターは縛られると途端に何も造り出せなくなる方も多いので……あ、そうだワイタ―さん。サービス開始の際は、御社の決済アプリと連動できるようにさせていただきたいんですが……」


「そんなもの勿論OKに決まっているじゃないか。リリース前になったらまた連絡してくれ。僕個人宛てでいいから」


「ありがとうございます」





 アシモフグループとチューコの関係性は非常に友好であり相互の企画で儲けを提供していた。互いに新規リリースがあれば共有し合い、噛めそうなら噛んでいたし噛ませていた。エンタメ事業に力を入れ始めてからは特に顕著となり、グッズをチューコの公式ショップサービス“サラピン”でのみ限定販売したり、弊社サービスが展開している商品をチューコで出品、買い取りしたユーザーに対して割引やオリジナルグッズ、データが手に入るプロダクトコードの配布などをしていた。チューコのネガティブイメージに引っ張られて弊社にも若干の影響が出たといえば出たが、総合的に判断すると圧倒的に得しかなかった。例えばランダム性のあるグッズなどを収集しているユーザーの中にはどんな手段を用いてでもコンプリートしたいという層がいる。箱買いするよりも、目当てのキャラクターだけ買う方が効率的だから、その手の商品がユーズド市場で尽きる事はない。これがそのままマーケットに流入できれば、多大な利益を生む。転売対策のコストはかかったが、アシモフグループにもチューコも互いに潤う事ができていた。




 他の企業とも、こうした協力体制が取れるかもしれない。




 そういった期待が俺の中にはあった。何がきっかけでネスト運輸への足掛かりができるか分からない。せっかくクソのような会議に出るのだから、利用できるものは利用してやる。そんな気持ちであった。


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