起業4

 ここまでにかかった時間はおよそ八年。八年で子供のお小遣い稼ぎから大企業と呼ばれるまで成長できた。自分にこれだけの能力があったのかと驚き慄く。人間、死ぬ気でやればなんとかなるものだ。

 だが、未だネストの現状を訴えるまでには至らず、定めた五年という期間はとうに過ぎてしまっており、計画を見直さざるを得なかった。最初に掲げた起業、経営、献金、計画実行、リーク、政治。という段階については献金で停止。資本も基盤もできていたがしかし、行動に移そうと思っても想定以上に企業の規模が巨大となり、特定の組織や個人への肩入れが難しくなっていたのだ。

 

 アシモフグループは元が地域事業と福祉関連の事業であった事から、企業を成長させていく過程で社会福祉と教育の分野に金と労働力を撒いていた。目的としては税金対策とコネ作りである。政府主導の案件があれば積極的に説明を受け協力する姿勢を保ち、場合によっては金を吐き出しリターンを受ける。犯罪すれすれのグレーゾーンな共存関係はポピュラーな相関でありどこもやっている交際方法だったのだが、続けていくうちに政党や政治家の思惑などに触れ、どこへ与するべきか、支援するべきか、決断が難しい状態となってしまったのだった。

 どこの世界でも政治家は無能の誹りを受けるものだが、実際に接してみると海千山千の政治力に感服するものである。あるいはそう見せていただけかもしれないが、それにしたって俺などが太刀打ちできるレベルではない。策謀渦巻く世界で生きてきた人間の底知れなさは恐怖すら覚える程に深淵だった。政界とは魔境なのである。どこかに加担すればどこかに潰されるかもしれないと思うと軽々には動けなかったし、実際に危うい場面もあった。とある決算日前。脱税や労働基準法違反疑惑。他社からのネガティブキャンペーンなどが取り沙汰され、軽度のイメージダウンと売上減に繋がった。風説の影響は馬鹿にならないためすぐさま公式から潔白の根拠を含む発表を行い、掲示板(これも高度な情報化社会の中で未だに稼働しているものかと驚いた)と各種SNSで工作を実施して炎上する間もなく鎮火に成功。絶えず先手先手を打ち続ける事によりなんとかなったが、リスクレベルは非常に高かった。また、これは後に聞いた話だが、俺の女性関連のスキャンダルまででっちあげて用意されていたらしい。放っておけば、"少年実業家ももうオトナ"などというゴミのような表題の記事が掲載されるところだったという。

 このチープながらも効果的な情報戦を仕掛けてきたのはなんと商務省であった。友好な関係を築いていたつもりだったが、財務省の関連の案件を請け負った事が背信行為に映ったらしい。「商務省と財務省の仲が悪いのは有名なのだから弁えるべきで、市場に根ざした商いをしているのであれば商務省に与すべきだ」というよく分からない理論を商務省のOBから聞かされた時はまったく辟易とした。




「そんな事を仰るのでしたら、A社やB社も財務省のキャンペーンをやっていたじゃないですか」




 そう反論すると、OBは溜息混じりに答えた。




「Aは赤字だしBの企業規模は極めて小さい。比べてあんたのとこは一応大企業じゃないか。相応の立場があるのに仁義もなく筋も通さなかったんだから、やられて当たり前だよ」




 目眩のする返答。俺が二の句を失っていると、彼は更にこう続けた。




「それが嫌なら中小で細々とやるんだね」




 そんなめちゃくちゃな事があるものかと呆れたが、まかり通るのがロンデムの政治なのである。郷に入っては郷に従え。どれだけ馬鹿馬鹿しくとも、折り合いをつけなければ目的は果たせない。目的のため、ネストへの物資配送計画を管理している外務省と運送を担当している防衛省に所属している政治家、官僚に取り入るため、彼らの流儀に従わなければならなかった。本質とか真理とか、そんな眠たくなるような事をいっている暇などなく、俺は環境への適応を試みる。


 まず調べたのが各省庁のパワーバランスと関係性である。どこの省が強く弱いのか、どことどこに繋がりがあるのかを把握しておけばトラブルが起こっても回避がしやすい。基本的には強いところに喧嘩を売らず、弱いところを使っていくというのがセオリーである。それでいうと序列最強は国務省であり、次いで国防省。ここから大きく差が開いて外務省、内務省、財務省、司法省、商務省、厚生省、農務省。更にここから隔たりがあって、防衛省、運輸省、教育省、エネルギー省。そしてその下に他の省が団子状態であるという状況だった。外務省と内務省と司法省は協力関係にあり、農務省とエネルギー省は互いを軽視している。先述の通り商務省と財務省はいがみ合っており険悪。防衛省は実質国防省の下部組織であり基本的に中立的な立場を取っているが財務省とは相性が悪い。また、外務省内務省と財務省は普段和を保っているが稀に大喧嘩をする事がある。国営の方針について互いの意見が食い違い、国会で罵倒の嵐が吹く事もしばしばあった。


 この関係性を鑑みると、財務省に接近するのは実に良くない事が分かる。なんとかして距離を置かねばならなかったが、露骨すぎるとそれはそれでどこにも相手にされなくなってしまうため、鞘替えには苦労した。仲良くしないというのは、喧嘩をするよりも大変である。





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