起業2

 アシモフ地域配送の手数料は日本円にして一律三百円である。この金額設定は他サービスよりも割高となっているが、大手の場合はサービス料や最低注文金額の関係で想定以上の出費がかかるため、結果として、価格面では弊社サービスが優位となり利用者の満足度は高かった。また、俺が子供という点も大いに役立った。齢十そこそこで企業し汗を流して働いているというのは昼間のバラエティのネタとしてちょうど良く、一部マスコミから密着取材を受け知名度が向上。SNS、動画配信などでも取り上げられ、これも宣伝として有効だった。web上ではアンチコメントも多数投稿されていたものの、さして問題視はしていなかった。名が売れれば絶対に批判する者は出てくるものだと割り切っていたし、業務への影響も皆無であったからである。むしろ、批判があった方が勝手に擁護されるため、手を打つよりは黙っていた方が得だった。沈黙は金とはよくいったものだ。


 こうした理由により需要は高く、依頼は継続して右肩上がりとなったわけだが、それ故に発生する問題があった。限られた範囲内での業務といえ一人でやるには限界がある。税金、扶養、労働時間については父親役の人間を役員名簿に記載しているためなんとでもなったが、ひっきりなしにやってくる配送依頼に現場は逼迫。ただでさえタイトなスケジュールがより過密化しプライベートもなにもあったものじゃない状況となってしまったのだ。勉強のみに時間を使えていたエニスとは違い仕事もこなしながらとなると疲労度は倍増。単なるおつかいと軽んじていたが、実際に業務対応してみると思いの外気苦労が多く、責任も多分にのしかかってくる。雇われではなく、自分で立ち上げた事業となるとやはり違うもので、心身の擦り切れを顕著に感じ始めた俺は、少し早いが利益増も念頭においた事業拡大と作業者の拡充に踏み切ったのだった。


 事業拡大については当初より想定しており企画書も作成していたため、やろうと思えばシームレスに実行可能であった。難航したのは人集めである。儲けがない以上、まっとうな大人を募るわけにはいかない。アンバニサルはベーシックインカムが導入されていて、より儲けたい人間は自由に働ける制度となっていたのだが、やはり最低賃金などはあるからそれを割るわけにはいかない。律儀に労働基準法を守っていては立ち行かない。よって、選択肢はほぼ二択となる。就労移行支援所として稼働するか、俺と近い年齢の子供を手伝いとして雇うかである。

 前者については内容的に不可能と判断。立地の把握や優先順位の設定。対人コミュニケーションにイレギュラー時の対応など任せるのは難しいため(そもそもそれができていたら就労移行支援など受けていないという話だ)、後者を選ばざるを得なかった。児童を労働力として扱う事は原則禁違法なのだが、定められた時間内かつ危険が伴わない業務であれば認可される。具体的にいうと修学時間外かつ非工業的で健康や福祉に害のないものとなっている。ここで重要なのが、健康や福祉に害のないものという点だ。アシモフ地域配送の既存業務は運送業であり、これについては当該事項に該当しないのだが、事故、事件の危険性について言及された場合は否決となる可能性が非常に高かった。俺の場合は自己起業であり、先述した通り父親役の人間が建前上役員となっていたためお目溢しがあった。しかし、ここに人様の子供が加わるとなると話が違ってくる。無事故の保証も安全の確約もできるはずがない。肉体労働は基本的に怪我と隣り合わせであり、どれだけヒヤリハットの周知をしたとしても重大なインシデントは起こり得る。どう知恵を絞っても既存業務にそのままはめ込む事はできないのだ。子供でも牛乳配達などで小遣いを稼いでいた昭和時代が羨ましい限りだ(令和においても例外的に可能らしいが果たしてどれだけの児童労働者がいるのか)。


 この労働力問題については一計を案じる。

 通常、ロンデムの学童はスクールバスを利用するのだが、これは強制ではない。徒歩圏内に住む子供は歩いて登下校をしている場合もままあって、これが狙い目だった。俺はすぐさま通っているジュニアスクールの学力上位者かつスクールバスを利用していない人間をピックアップし交渉を開始。五人の協力を得る事に成功する。彼らには下校中、依頼品をストアで購入し、登下校路内にある配送先に届けてもらうという契約を取り決めた。スクールゾーン内は安全であるとされているため、その範囲であり徒歩であれば危険は極めて少ないだろうという判断がくだされると踏んでの計画である。申請は予想通り認可された。学力上位者を選んだのもポイントである。勉強のできない奴を引き入れたら学業不良の責任を被せられるし、義務教育を朝飯前に解答できるレベルでなければ子供に仕事をさせるのは難しい。勉強ができるという事は当たり前の事が当たり前にできるという事。それができる人間は、信頼に値するのだ。契約をした五人はまさにそういう人物であった。大変優秀な子供達である。


 かくして、労働力は無事に充足。人も増えたので、次は事業拡大に移る。


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