起業1

 早朝五時。

 起床し、メッセージを確認する事から一日が始まる。


 受信数五件。内容は食品と薬の配送依頼。ルートを頭の中で組み立てつつ準備を整え、俺はアシストバイクに乗って風を切った。人工惑星の気温は一定を保っているため早朝でも深夜でも快適である。



「お支払い方法はいかがし……」




 ストアに到着し、商品をレジに通して機械音声が言い終わる前に“クレジット”を選択して決済。商品のパッケージに刻まれている電子データとデバイスによる認証でレジを通さずに購入もできるのだが、最終確認のためにその場で清算を行い、サッカー台で依頼内容と照合するようにしている。人の手で作業する以上、確実にミスは起こり得る。事前に防ぐためのフローは入れるべきだ。



「ありがとうございました」




 機械音声に見送られ退店。そのままアシストバイクにまたがり目的地へ急ぐ。希望時間は“なるべく早く”。そんな業界人のような曖昧な指定をされても困るのだが、金を貰っている以上無下にはできない。交通ルールを守りつつ、より最適な道順を辿り、最初の依頼者のもとにたどり着くと、俺はデバイスで連絡を取った。




「お待たせいたしました。アシモフ地域配送です」


「はぁいありがとう。ちょっとまってね……」




 やり取りが終わると、すぐに老婆が玄関を開ける。




「いつもありがとうね」


「こちらこそありがとうございます。こちら、パンとコーヒー。あと、お菓子です」


「はい、どうも。よかったらご飯食べく?」


「非常に嬉しいお誘いなのですが、すみません。まだ配送の途中でして」


「あらそう。大変ねぇ」


「また機会がありましたらご一緒したいと思います。それでは」


「はい、またね」




 一件目の依頼が終わり、立て続けに二件、三件と商品を配送していく。顧客は例外なく老人である。ジジババの朝は早いのだ。




「おはようございます。クロワッサンと、バゲットスライスを二きれください。会計別で」




 配送中、パン屋“ローレンス”に立ち寄る。依頼品の受け取りと、俺の間食を買うためだ。



「おはよう。今日も精が出るね」


「お金を稼がないと、家庭の不和に繋がりますので」


「ませた事言ってらぁ。ちょっと待ってね。いま焼けたやつをやるから」


「ありがとうございます」




 ローレンスは老舗のパン屋で近所でも人気がある。ただ特別味がいいわけではない。母星の伝統的な味を再現しているという点に価値が生まれているのである




「はい、クロワッサンとバゲットね。バゲットは一枚サービスしておいたから」


「いつもありがとうございます」


「いいのさ。その代わり、お客さんに宣伝してくれよ。”朝食はストアのパンよりローレンス“ってね」


「人雇ってストアに卸せば、利益は三倍になりますよ」


「それじゃあ付加価値がなくなっちまうだろう。最初はいいかもしれないが、すぐに飽きられてコストだけが上がっちまう。今の時代、合理的じゃない事が喜ばれるんだ。お前だって分かるだろう」


「そうですね」


「俺の売ってるのは、ただのパンじゃないんだ。昔ながらの、一部非合理的な製法で作っているっていうところに需要があるんだよ。俺達は母星を失ってから、より伝統や文化といったものに重きをおくようになった。機械のアシストがない、直火の窯で焼くパンには小麦粉とイースト菌を練って固めた以上の価値が出てくる。それは、人に味以外の物を売っているって事だ。いいか、商売の基本は心と感情を大切にする事。合理性を突き詰めるとそれを疎かにしてしまう。お前も商売をやっていくのなら、忘れちゃ駄目だぜ」


「ありがとうございます。勉強になります。支払いはクレジットで」


「はいよ。じゃ、頑張れよ」


「はい、ありがとうございます」




 ローレンスの主人から大変ありがたいご高説を賜り仕事に戻る。焼きたてのクロワッサンを届け、最後に二四時間開店しているドラッグストアに寄って薬を購入。ストアで買っておいたパンと一緒に届けて朝の業務は完了である。余裕があれば追加の注文を受ける事もあるが時間的にその日は難しいと判断。ホットコーヒーを買って公園のベンチに座りバゲットをつまんだ。朝の売上は日本円にして二千五百円程度となった。元手は掛かっていないが、業務用のデバイスと法人用クレジットカードによるランニングコストが月額で発生するのが地味に痛い。とはいえ経費計算には必須。企業運営には神経を使う。商売というのは業務以外の事務がまったく大変なものだ。雇われていた方が気楽である。


 

 小学校に通っている俺は、小さな事業を起こし、働いていた。

 カウンセリングがあったその日に起業について学び、そこから一週間で準備をしてサービスを立ち上げる。企業名は”アシモフ地域配送“。地域特化型の配送サービスである。



 赤字は出ないが、割に合わないなぁ……



 デバイデスを確認しながら収益率を見る。雀の涙ほどの額が、眉間に皺を寄せた。この時点で利益を生むために始めた事業ではないのだが、やはり、少ないよりは多い方がいいし、なにより目的を考えると、より収益を出していかなければならなかった。目的とは病院へ行くための交通費捻出と、ネスト救済である。




 政治家に取り入るためにも、企業を大きくしないとな……




 バゲットを平らげると、俺はアシストバイクに乗って帰宅した。その後は学校に行って、それが終わればまた配送をして、余った時間で勉強である。スケジュールに空きはなく、遊んでいる暇も寝ている暇もなかったが、俺はやらねばならなかった。



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