カウンセリング8

「……はい結構。お疲れ様。どうも、君のパターンは他と違うようであまり有用なデータは取れなかったよ」


「そうですか」


「ただ、ネストの質問をした時に恐怖の傾向が見られたから、完全にイレギュラーというわけでもなさそうなんだけどね」


「まぁ、不安でしたし、怖かったですからね。知らないところに一人でいたんですから」


「そうだね。やはり心的外傷が生じている可能性もあるから、しっかり診ていこう」


「……」




 パッドが外されると、その後はカウンセリングが行われてその日は終わった。

約三時間の検査の結果は”要観察“であり、ハリスは軽く「また来てください」と笑って俺達を見送った。





「やんなっちゃう。ここに来るのだってタダじゃないのに」




 タクシーの中で、母親役の人間が苦々しそうにそう吐き捨てた。




「だったら無視してさ、今日限りにしようよ。僕もこんな場所には来たくない」


「そういうわけにもいかないでしょう。軍人さんが“来い”っていうんだから」


「とはいえ……」


「いいのもう。子供があんまりうるさく言うんじゃないの」


「……」




 母親役の人間がヒステリー起こし車内は嫌な静けさに包まれた。自分でぶつくさと文句を言っておきながら、それに反応すると腹を立てる。勝手なものだ。単なる独り言で俺の返答など求めていなかったからかもしれないが、それにしたって俺が起因している事で嫌な言葉を落とされたら、なにかしらの反応を見せた方がいいのだろうかと勘繰るだろう。こんな調子ではろくにコミュニケーションも取れない。お互いに黙っている以外なかった。



 交通費くらい出せるよう、小遣い稼ぎでもするか。ネストを救うために、会社を作らないといけないしな……



 タクシーの車窓に流れる画一的な風景を見ながら、ぼんやりと実現可能な収益化プロセスの組み立てを試みる。

 この時点で俺に特別な能力、技能はない。せいぜい義務教育で習う電気工学の応用ができるくらいである。勉学においてもエニスの頃と違って、アンバニサルの科学力や学問は現代日本の何段も上のステージに位置している。理外の知識、教養は無数に広がっていて、キャッチアップするのにも限界があり、俺の特異性を換金するのは早々に断念せざるを得なかった。また、アンバニサルはAI化、自動化が進んでおり、人が介入する仕事は限られている。この時に乗車していたタクシーだって無人だ。機械音声で「どちらまで」「ありがとうございました」と接客を行うのである。

オートメーション社会は人的労働者の排斥が顕著となるという言説が現代日本でも叫ばれていたが、正直な話、眉唾であった。だが実際にその事態に直面してみると、人力の仕事に必要性を見出す事は難しく、人の手で一から資本を作る事がどれだけ大変なのかありありと実感できた。アンバニサルで人の手が入る仕事は機械メンテナンス、政治、芸術、伝統工芸品、エンタメ、一部エッセンシャルワーカーといったものに限られていて、それらもアシストとして機械化が取り入れられているうえ、競合も多い。新規参入するのはどれも難しかった。




 これでは小遣いもままならないな……起業など夢のまた夢じゃないのか……




 過ぎる頓挫の二文字。計画の大幅修正も視野にいれなければならないかと焦燥。マイサイクリンの効果は薄れてきていたが、非常に大きな不安が俺にプレッシャーを与える。




 いや、一旦冷静になれ。悲観はよくない。やりもしないうちから諦めてどうする。




 己を落ち着けるために客観的なアドバイスを自身に送る。他人事で月並みで、誰かに助言されたら「簡単に言うな馬鹿」と胸倉を掴みそうになるようなセリフだったが、そんなものでもないよりはマシだった。




 まずは需要を知りたいな……既存企業にはないサービスか、あるいは既存サービスの不満点を洗って、顧客が金を出しそうな内容を考えないと……




 脳を無理やり働かせ、利益を出すためのサービスを考える。条件としては、子供一人で実施可能で、ランニングコストが発生せず、最小の初期投資額で開始できるというものである。そんなものがあるのか、あったとしてどれだけの稼ぎになるのか、他企業はなぜそのサービスを展開していないのか。課題は山ほどあったが、タクシーを降りて自室に入り、食事を摂ってシャワーを浴びて、勉強の合間にもずっと考え続けていると、ふと、自分なりの答えが思い浮かんだ。



 地域を極小規模にした配送業などどうだろうか……日用品や軽食、薬品などを店舗で購入し、それを届ける……




 この時代のアンバニサルの運送はほぼドローンか自動陸送によって賄われていた。オンラインで購入しても即日に到着する事がほとんどで、迅速なサービスに多くのユーザーは満足していたのだが、一つだけ不満点があった。日用雑貨や軽食の配送にも、時間を要するという点である。


 アンバニサルの配送交通網は完璧といっていいほどに整備されており、事故や誤送は極めて稀な事例となっていた。それだけに利用者は多く、即座に欲しいものであっても一定のラグが発生する。ちょっとした買い物をするのに一時間二時間、またはそれ以上かかってしまう事も多々あり、改善を望まれていた。しかしその点を解決したところで利益は浅いため、大手は「申し訳ございません」の一言で済ましていたのだ。今でいうウーバーのようなサービスもあったが、こちらも需要と範囲の関係で、短時間配送とは言い難い状況となっていた。




 半径三キロに絞ったミニマムの配送業……これはいけるかもしれない……




 俺は勉強する手を止め、webで起業の方法について調べ始めた。

実現できるのか不安はあったが、何もせずに無為に過ごすよりは、行動した方が希望が持てる。まずは始めてみる事。それが、俺には必要だった。


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