カウンセリング6

「それじゃあ、行きましょうか」



 ハリスに従い、渋々院内の一画にある部屋へ移動する。白い壁、消毒液の臭い、時折聞こえる空気を入れ替える音。不安になる要素が散りばめられた空間に置かれ、血が冷たくなっていく。



「大丈夫かい」



 ハリスが異変に気がつく。余程酷い顔をしていたのだろう。



「すみません。どうも、病院と軍人さんが苦手で」


「そうかい。なぁに、すぐ慣れるさ。ところで、今日はタクシーで来たのかい?」


「はい」


「この辺りは何もないだろう」


「そうですね。人工物が多いなと」


「そう、そうなんだよ。まぁ、惑星自体が人工物だからね。動植物は母星から持ち出したものだけれど、やっぱり違うね」


「実物を見た事があるんですか?」


「ある……と、言いたいけど、残念ながら映像や写真でしか。ただ、どれだけ土壌を整えて環境を整備しても、どこか違うというのははっきりと分かるよ。自然にしかない、特別な力があるのかもしれないね」


「地熱とか風向きとかでしょうか」


「さすが秀才だね。着眼点が素晴らしい」


「ありがとうございます」


「そんな秀才の君から見て、ネストはどう映った?」


「どう、とは?」


「言葉のままさ。君が思った事、考えた事をそのまま教えてくれたらいいんだよ」


「……寒かったです」


「寒かった。他には?」


「前にもお伝えしたと思うのですが、ずっと隠れていましたし、あまり覚えていません」


「そうか。時間が経ってなにか思い出してやしないかとは思ったんだけれども……」


「そこまで躍起になってネストの経験をお知りになりたいのは何故ですか?」


「心配なんだよ。港で起きたテロ未遂。必死に逃げて、辿り着いたのは知らない星。周りには武装をした人間や軍人がいる。潜在意識に恐怖がこびり付き、PTSDとなってしまった可能性もある……PTSDって分かるかい?」


「トラウマの事ですよね」


「そう、PostTraumaticStressDisorder。心的外傷後ストレス障害の略なんだけれど、これはふとした瞬間に眠っていたストレス記憶が呼び起こされ、日常生活を送る事が困難となる場合があるんだ。その場合は早期治療が必須となるから、早め早めに対策をしていきたいというわけだよ」


「考え過ぎじゃないでしょうか。フラッシュバックするにしても、僕ならそういうものかと処理できると思います」


「舐めちゃいけない。恐怖というのは制御できるものじゃない。簡単に人の心を壊してしまう。仮に大丈夫だとしても、その根拠や証拠を確認しない事にはこちらとしてもなにもしないわけにはいかない。じっくりと時間をかけて、君の心象に異変がないか検査していくからね」


「……」



 ハリスは笑い、俺の前にタブレットを差し出した。「まずはセルフチェック」と述べ、要項を確認し、当てはまる内容にチェックを入れるよう指示される。食欲はありますかとか眠れていますかといった質問が書かれた、よくある形式のテストである。



「これ、全部"いいえ"で答えたらどうなるんですか?」


「どうもしないさ。自覚症状があるかないかの確認だからね」


「そうですか」



 分かりきった事を聞いたのは嫌みの意味もあった。普段なら黙って受けていただろうが、マイサイクリンの作用からか、余計な一言を口走ってしまった。



「できたら、教えてくれよ、ピエタくん」


「……」



 時間かかっちゃうかも。何せ嫌々来ているので、気が乗らなくって。



 そんな事を口走ってしまいそうだったので、俺は唇を真一文字に結ぶ。

どこで服薬を悟られるか分かったものではない。軽々な言動は慎むべきである。



「あ、そうそう。全部"いいえ"は問題ないけど、全部"はい"だと入院しなきゃいけなくなるから、やらないように。四方八方柔らかいクッションに囲まれた部屋で過ごしたいなら止めはしないけどね」


「……」




 口を閉じたまま、また頷く。「うるさい馬鹿」くらいの暴言なら簡単に出てしまいそうな程危うかった。それだけ、ハリスが気に食わなかった。





「あの、ハリスさん。この検査は、どれくらいの期間を……」


「そうですね。息子さんの状態次第とはなりますが、短くて半年は見ていただきたいですね」


「半年……そんなにかかるんですか……」


「お子さんのためですので」


「大丈夫そうだけれど……」


「奥さん。PTSDというのはですね……」




 タブレット入力中に聞こえてきた会話である。

 なんという内容だろうか。母親役の人間が子供より時間の心配をしている。心理療法への疑いやハリスへの不信感もあるのだろうが、せめて子供がいないところで話してほしいものだ。それとも俺がデリカシーを求めすぎなのだろうか。




「……入力できました」



 二人ははまだ喋っていたが俺の一言でそれは中断。ハリスがやってきてタブレットを取り上げる。




「スコアは……うん、問題ないレベルだ。それじゃあ、次に進もう」


「はい……」



 チラと母親役の人間を見ると、退屈そうに、不満そうに俺とハリスのやり取りを眺めていた。我関せずとデバイスを操作しない辺り、俺を心配しているように思えた。たまたまそうだっただけかもしれないが、そういう事にしておこう。どうだろうと、どうでもいい話ではあるが。


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