惑星と巣穴12

 立ち上がるべきか否かの判断もできず、というより、全身の激痛により動けずに俺はトラックに埋まっていた。肉が潰れ骨が折れ、筋線維も神経も一時的に機能停止している状態。撃たれるまでもなくこの場で死んでいくのではないか。そう思う程に耐え難かった。




「……子供だ。しかも、ネストじゃない」


「港で行方不明になった子供かもしれませんね。チェックします」




 ぼんやりと、二人の男が俺を覗き込んでいるのが分かった。そのうちの一人が端末を取り出し、半分しか開けなかった瞼をこじ開けその端末をかざした。俺の虹彩をスキャンしているのだ。




「当たりです。例の子供です」


「こんなところに来ていたのか。人騒がせな奴だな」


「どういたしますか? ネストに入ってきて、もしかしたら見られているかもしれませんよ。色々と」


「……とはいえ民間人を、しかも子供を放って置くわけにはいかないだろう。敗戦国の奴らならともかく、この子はロンデムの同胞だ。一時保護して、上の指示を仰ぐ。応急処置を行い艦へ搬送」


「了解しました」




 手早く裂傷の消毒と骨折部の圧迫固定が行われると、軍用のコートと瞬間麻酔用のマスクを被せられ、意識が薄れていった。感覚が遮断されていく中で見た最後の光景は、俺の方を見る、あの少年の姿だった。





……






「こんにちは」



 気がつけば見覚えのある空間にいて、聞き覚えのある声がしてうんざりとなった。またいつの間にか例の場所に来ていて、そこにコアがいるのだ。





「いい加減にしろ。俺はお前などと会いたくはないんだ」



 そう吐き捨てるとコアがおもむろに現れ、白々しく項垂れてみせた。




「相変わらず酷い事を仰いますね。そろそろお互いに分かり合ってもいいのではないでしょうか」


「分かり合うだと? 人の人生を弄ぶ貴様と!?」




 軽薄な笑みを浮かべるコアに思わず怒鳴るも、俺の怒りは響かないらしく、奴は終始ニヤニヤとした笑みを浮かべて「いやぁ」とか「そうですねぇ」とか曖昧な返事を連ねるのだった。




「俺の人生はお前のせいで滅茶苦茶だ! 何の権利があってお前は俺をこんな目に遭わせる!」


「それは最初に説明したじゃありませんか。あなたには世界を救う可能性が秘められているのですから、ご協力願いたいのです」


「願う? 貴様がいつ願った!? 俺の意見も聞かず好き放題に何度も違う人生を繰り返させているだけだろう!」


「そういっても、そんなに長い期間じゃないじゃありませんか」


「なんだと? ふざけるなよ? 地球で何年経った!? エニスで何年経った!? アンバニサルで何年……」



 

 そこまで言って気が付いた。コアの異常に。




「いかがしましたか?」


「……俺は、エニスで十数年。アンバニサルで十年過ごした。なのに、どうしてお前の姿は変わらない? 歳を取ってないんだ」




 奴の姿は、いつまで経っても二十代中盤の若々しさを保っていた。初めて会った時から、エニスで見た時も、この瞬間も、ずっとである。




「あぁ、そんな事ですか。簡単ですよ。私達の細胞はその働きを止める事なく分裂し続けるんです。代謝が終わらないから。栄養素さえあれば、一生若いままで生きていけるんです」


「……死なないのか?」


「不死というわけではありませんが、少なくとも老衰で生命活動を停止する事はありませんね。だから、貴方が住んでいた日本にある、年金や定年なんていう制度もなく働き続けなければなりません」




 依然軽薄な笑みを浮かべるコアだったが、そんな事はもはやどうでもよかった。それよりも、不老という点が随分と気になったのだった。




「お前は今、何年生きている」


「さぁ……数えた事はありませんが……千年はいっているかなと」


「なるほど。だから、人の命について、生きる事についてそこまで軽視できるのか」


「別に軽く見ているつもりはないのですが、確かに、短い生の中で感じるものと、長い生の中で感じるものは違うかもしれませんね」


「軽く見ているさ。そうでなければ、人間に何度も人生を送らせるような真似ができるはずがないからな」


「でも、エニスでの人生は幸せだったじゃないですか。日本にいる時と比べて、はるかに」


「そういう問題じゃない。といっても、貴様には理解できないのだろう。いい。分かった。もう何も言う事はない」




 俺は全てを諦めた。人の命の重さを知らないモノに人生の苦しみを語ったところで馬耳東風。馬の耳に念仏でも唱えていた方が遙かに有意義である。




「それで、アンバニサルはどう滅びようとしているのだ」




 不毛な問答を繰り返すくらいであれば、現状の問題を解決する方向へシフトしようと思った。

 アンバニサルは確かに健全とは言い難かったが、滅亡の危機から逃れ新たな文明をスタートさせている。それがどうして終末へのカウントダウンが始まっているのか、それを聞きたいところだ。




「そうですね。それでは端的に申し上げます。このままいくと陰謀により人工惑星の機能が停止し、住んでいる人間は全滅。ネストは稼働し続けるものの、惑星消滅後の主導権争いや資源の奪い合いによって各宙域でネスト同士の戦争が頻発。次第に疲弊していき、共倒れという結末を迎えると予想されています」


「……」




 話しを聞き救いがなく、また皮肉の効いた終わり方を向かえそうな事と、今後の活動方針が前途多難である事に頭を抱えてしまった。世界の滅亡を防ぐにはネストを救うだけではなく、惑星と共生していかなければならない。それにはどれだけの政治的な力が必要なのか、俺にはまったく見当もつかないのだった




「その陰謀というのは、誰がどのような形でいつ行うのか分からないのか?」


「今から二十年前後と、データには表示されています。しかし、誰がとは……」


「……」




 二十年。なんもやらなければ長いが、何かをやるには短すぎる時間である。果たして俺は、アンバニサルを救えるのか。不安が胸の奥を締め付けた。



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