惑星と巣穴11
また、どうやって惑星の軍人と話をするかも考えなくてはいけなかった。
施設内の警備に問題はある。しかし、さすがに脱走の対策はされていて、実家のように出入りするのは難しかった。周りは壁に覆われているし見張りもいる。旧式ながらセンサーの類も作動していて、下手に出入り口や壁際に近づく事はできない。再び管理棟へ侵入し、セキュリティシステムを遮断しようにも監視室には警備が常駐しているため不可能。秘密裏に敷地外へ脱し港で接触するという案は諦めざるを得なかった。となると施設内、倉庫に荷物を搬入するタイミングで話をつけなくてはならない。そんな事が可能なのか。可能である。可能であるが、細心の注意をしてようやく実現できるかもといったレベルだった。例えば、トラックの積荷を下ろす時、コンテナの影から飛び出る。これは駄目。恐らく、ネストの人間が血迷ったと判断され、待機している特別官か運搬作業中の軍人が即座に発砲してくるだろう。瞬間的に脳を処理させてしまうと、条件反射的に動かれてしまう。まずは相手に迷う間を与え観察されなければならない。俺をよく見れば服も顔立ちも違うと分かる。ネストの人間ではないと思わせられれば即時殺される事はないだろう。この最初のチャンスを物にすれば、後はトークスクリプトに乗っ取り成り保護されるだけだ。
“だけ”とはいったものの行き任せ感は否めなく、ギャンブル要素は非常に強い。想定通りにこちらを見るかどうか分からないし、見たところで俺が惑星の人間であると気付かれなければ意味がない。少しでも頭の回転が鈍い奴なら一発アウト。余地もなく殺される。
もう一つ、これは考えたくないパターンだが、俺が惑星の人間であると判明したうえで始末しにくる場合である。秘密保持の観点からいえば実に有効な手段だし合理的だ。俺の服にはべったりと血が付着していて倉庫内の死体に触れた事は明らか。監視カメラも設置せず秘匿しようとしている状況を見た人間がいるというのは都合が悪いに決まっている。倉庫には死体を処理する設備もあるから事後処理も容易。身元不明の死体は痕跡もなく消え失せ、俺は行方不明の少年として世間を騒がせるのだ。
が、先述した様に他に手はない。穴だらけの立案を承認しなければならない上官の気持ちが分かるというものだ。
リスクはあったがやるしかない。そして、物資の搬入があるまで待つしかない。それだけだった。
俺は息を潜めその時を待った。軍人相手にどう取り入るか考えながら、ただ待った。寝床にしている果物の減りが、刻々と過ぎていく時間を意識させる。
その間に例の少年が何度かやってきて少し話したりもした。彼は他のネストから連れてこられたようで、技術系の教育を受け、ソフト面でのメンテナンスや簡単なシステムの構築を行なっていたそうだ。非公認のネストはどこも人が足りない。生きていくためには、子供であっても責任と義務があった。しかしそれ以上に、彼は辛い経験をしていた。
「お父さんは、殺されました。ここに来た最初の日に」
聞けば彼の父親は直立や歩行に支障をきたす程度の四肢障害を持っていたそうだが、連行された初日、立ったままでの尋問に耐えられず転倒したところ、幾度となく電撃を受け動かなくなったという。
「君は何もされなかったのかい。その、親子だから、連帯責任というか……」
そんな低次元の問いに、彼は答えてくれた。
「その時は何も。あの人達にとって、僕達は親とか子とか、そういう関係性であろうがなかろうが、僕らは等しく同じ下等な存在です。粗相をした家畜はその個体だけ懲らしめられる。そういう事です。懲らしめている人間も懲らしめられている人間も、元々同じ国、同じ水を飲んでいた者同士なのに」
少年は悔しいとも悲しいとも取れる表情でそう言葉を落とした。父親を殺した人間が元同胞というのは複雑かつやりきれない思いがあったろう。彼の不幸と悲愴を前に俺は息が詰まり、言葉も出なかった。何を言っても陳腐に聞こえるし、言ったところで彼にも俺にも蟠りしか生まれない。沈黙によるコミュニケーションこそが正解である。湧き上がる気持ちと感情により下手な慰めが喉から出かけるも、堪えるだけ。俺の言葉は彼に対して無力だ。思慮も浅く経験も乏しい人間が声を出したとして、それはノイズにしかならない。
「しばらくしたら、僕はここを出るよ」
それ以上、何も伝えなかった。少年は無言で頷き、コンテナから出ていった。
果物の嵩が浅くなり、そろそろ暖も取れなくなってきた頃。とうとう軍用トラックが物資を運搬してきた。
俺はその様子を屋根上から見る。接触する機を伺っていたのだ。
「早く運べ」
トラックは倉庫内に入り、軍人が指示を出して特別官にコンテナを降ろさせていた(倉庫内にはフォークリフトのような運搬作業用の車両が置いてあり、それでトラック内の荷を運ぶ)。周りには荷を運ぶ特別官とは別に警備がいて、当然、銃を装備している。この警備と軍人の注意を一度逸らす事ができれば生存の目も見えてくる。
……やるか
決行に踏み込んだのは警備の人間が微動したタイミングだった。
チャンスは一度。俺はコンテナからくすねてきた果物を幾つか取り出して、それを屋根上から地面に向かって落下させた。
「なんだ!」
果実が割れる音が響くと警備の人間が砕けた果肉に向かって駆け寄る。そのタイミングで俺はトラック目掛けて身を投げ出した。最初に果物を落とし目をきらせ、警戒レベルを高めてより注意深くこちらを観察させるための作成である。
滞空時間はほんの一瞬。浮遊感の後、重力。そして衝撃が全身を駆け巡り、半歩遅れて痛みがやってきた。およそビル三階程となる高度からのフリーフォールは子供の身体に対して多大な負担がかかったようで、目は熱く、耳にはずっと金属音だか電子音だかが流れているような状態となった。
「待て!撃つな!」
景色を見る事は叶わなかったが、回復途中の耳にそんな号令が聞こえた。どうやら俺には銃口が向けられているようだった。
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