惑星と巣穴10

 この少年が俺の虚偽に気が付くまでどれくらいかかるだろう。嘘だと分かって、どう思うだろう。失望か絶望か憎悪か嘲笑か……来ない助けを待ちながら、俺への想いをどう募らせるのか。ネストを脱出したら、俺は快適な温度の中で温かい食事を満腹になるまで食べられ、毎日風呂に入って、ベッドの上で眠れる。助けると言っておいて、安寧な環境でぬくぬくと生きていける。それを知ったら……




 彼とは二度と彼と会う事はない。そう思っていても、彼から憎まれるのも恨まれるのも異様に恐ろしく感じた。明確に彼の敵となってしまうかもしれないと考えると、自分でも驚くくらいに拒否感が生じたのだ。日常の中でふとした瞬間にこの少年について想い、ずっと“守るつもりのない約束をして、当然のように反故にした”と自虐を始める自分の姿が目に浮かぶ。俺が感知できないところで、あらん限りの罵詈雑言と呪詛を投げつけられると思うとぎゅっと心臓が縮むような感覚があった。騙した事への罪悪感も然る事ながら、彼の仇になるかもしれないという懸念が、心身に影響を及ぼしていたのである。エッケハルト・フライホルツなどにはどれだけ恨まれようが構わないという覚悟があったのに、この少年に対しては、そう思えなかった。




「それでは、そろそろ戻ります」



 少年が去っていくのを見送り、俺は果物の中に埋もれた。発酵していて温かいのだ。

 この果物の寝袋は氷点下を下回るネストの夜には丁度いい毛布代りとなるのだが、眠るわけにはいかない。警備の人間が来たら逃げなければならないし、間抜けに眠りこけて朝発見されるなどという失態を演じるわけにはいかなかったからだ。

 俺は果物の中に入りながら、例の少年について考えていた。この先、彼が生き残れる確率はどれ程のものだろう。このまま食料を求めて倉庫に入り続けたら、いつか見つかるかもしれない。見つかれば、容赦なく銃殺され、倉庫に死体として転がり、処理される。若い命が一つ消えるのだ。そして、彼の代わりにまた誰かが役目を負う……もし彼が警備に見つからず、ずっと忍び込み続けていても、きっと誰かが死ぬのを見て疲弊していく。そして、その時に俺を恨むのだ。「嘘ばかりついて結局助けてくれなかった」と。




 彼が死ねば俺は恨まれる事はない。




 倉庫への侵入者を察知するために少しだけ開けておいたコンテナのシャッターに、憚らず注意を注ぐ。外で銃声が聞こえれば、それはあの少年が撃ち殺された音である。


 俺は自らの羞恥を注いだ相手が撃ち殺されやしないかと考えた。

 もし彼が撃ち殺されたら、どう思うのか考えた。


 彼が死んだらやるせなさ、悲嘆、怒気。様々な感情が密接に絡み合って思考をジャックするだろうが、その数多の感情の中に、“安堵”の感情が入っている事を自覚していた。彼が死ねば俺の嘘はなかった事となるうえ、彼に恨まれる事もなくなる。死んでほしくないのに、ずっと生きて、幸福を掴んでほしいと思っていたのに、俺は心の中で彼の死後について考えてしまっていた。


 いくらなんでも、それはあまりに命を軽視し過ぎているし矛盾している。ネストの人間を救う事が目的であるのに、どうしてそのネストに住む少年の死を願うのか。いくら彼から恨まれたくないからといって、そこまで極端な発想に行きつく事に疑問を覚える。それに、俺は何故、彼の仇となりたくなかったのか、改めて思案してみると、自分の気持ちがよく分からなかった。確かに誰かから敵対視されるのは避けたいところだが、ここまで大きく、非常に強く、彼から嫌われたくないと思ったというのは不自然な気がしてならなかった。



 なぜだろうか、どうして俺は、彼に見放されたくないのだろう



 考えた挙句、特殊な環境で初めてあった話ができる人間だからという結論に至る。あまり説得力のない説であるが、そう思う以外になかった。




 少年の話題から離れたかった俺は、ネストからどうやって抜け出すかを考え始めた。惑星に帰るには来た時と同様にシャトルを使わなければならない。ネストから発射されるシャトルは惑星からの物資提供と非公認のネストに住んでいた人間を運んでくる奴隷船の復路が大半である。どちらも軍の管轄であり容易に侵入などできるはずがない。行きは上手くいったが成功したのはほぼ奇跡だ。我ながらよくあんな案を実行に移したなと思う。


 その後も考えてみたが、秘密裏に帰宅するのは不可能であり、諦めた方がよさそうだった。それであれば、惑星の人間が承知して俺を運び出してもらう以外に道はない。そんな事が可能なのか。可能であればどうやって。

 頭の回転数を最大値にして熟考。そして思いつく。軍人に直接会って「助けてくれ」と言えばいいと。




「あの日、港で非難アナウンスが流れて、よく分からないままに移動していたらコンテナがあったから隠れていた。それで、気が付いたら知らないところにいて、今日まではずっと周りを彷徨っていてた。来たときの事なんかはよく覚えていない」




 設定とセリフはこんなものである。その場で軍人に撃ち殺される可能性も考慮しなくてはならず、できれば別の手段を使いたかったのだが、残念ながら他に思いつかなかった。



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