惑星と巣穴8
ネストの管理と統治は元々惑星の人間が行なっていたが、コスト削減と内部からの不満があったため撤収した過去がある。その際に回収し忘れたのだろうが、この条約は各惑星内に存在する諸外国の高級官僚と政治家のみが閲覧できるトップシークレットの機密文書。どうして外部メモリーにコピーしたのか、できてしまうのか。リスクマネジメントがなっていないどころの騒ぎではなく、非常に重大なリテラシー欠如というか犯罪レベルのやらかしではあるが、俺は助かった。またとない貴重な資料である。いただかない手はない。
メモリーを回収し、管理棟を抜けて再び監視カメラを欺き、壁をよじ登って倉庫に戻る。今後の大まかな目的はできたし証拠も手に入れた。後はどう惑星に帰るか考えるだけで、正直油断していた部分はあった。故にコンテナを開けた際、思わず叫びそうになってしまった。内部に人がいたのだ。驚いたのは向こうも同様で、混乱のまま静かにこちらを見ているのだった。暗闇ではっきりと確認できなかったが、背丈と肉付きから察するに相手は子供であると判断できた。
「こ、殺さないで……」
声は震え、ストンと何か落ちる音が聞こえた。倉庫に忍び込んでくすねていた食料を落としたのだろう。
「落ち着いてほしい。僕は君に害を加えるつもりはない」
理性がある内なら騒ぎはしないだろうが、パニックの状態では突然悲鳴をあげたり声を荒らげるかもしれないと、俺は努めて冷静に、寄り添うようにして優しい態度を取った。
「あ、ありがとうございます……! このご恩は……」
感謝のあまり声量が上がりそうだったので口を塞ぐ。監視カメラの件もあってどこまでの精度があるのかは分からないが、倉庫には集音マイクか音間センサーが付けられている可能性があった。俺が血を払った時、どう考えても外には聞こえないのに監視が倉庫へ入ってきたのは音を探知したからかも知れないという考えが浮かんでいた。あの時は代わりに老人が犠牲になったが次はない。徹底的に考慮すべき事案である。ちなみに、何故倉庫内に監視カメラを設置しないのだろうという疑問はあったが、これは死体処理の機能が併設されている事に起因する。その構造上、倉庫内ではしばしば死刑や尋問が行われ、死体はその場で速やかに処理されるか倉庫内に一時的に置かれてまとめて処理されていた。もし何かの間違いでその映像がどこかに流出したら面倒な事になると、カメラは設置されなかったのだ。機密文書は雑に管理していたくせに、こういうところは徹底していた。
「ともかく出ていってくれ。それと、俺の事は誰にも言うな。警備をしている奴らにも、ネストの人間にも」
音が出るか出ないかの声だったが口調は荒かったと思う。二人でいれば一人の迂闊や油断で共倒れとなる。この子供にはさっさと収監棟へと戻っていただきたかった。
この時の俺は弾圧の証拠を掴みはしたものの未だ虎穴。見つかればどうなるか分からなかった。我が身の可愛さも多少はあったが、それよりも俺が死ねばネストの救済に長い時間がかかるだろう事が何より懸念であった。恥も外聞も捨て、生き延びて尽力する事が俺の使命であったから、こんなところで捕まってしまうなど、絶対に避けなければならなかったのだ。
「あなたは、誰ですか?」
だが子供はそんな事情を知らず、俺の状態を見って察する事もなく、困っているのもおかまいなし。話が通じると相手であると判断して自身の疑問を解決しようと対話を持ちかけてきた。
「僕は外から監視に来た人間だ。君達が虐げられているという情報を聞き、実態を探っているんだ」
仕方がないため適当にあしらう事にした。本音をいえば、この子供に希望を与えたい……いいや、彼に希望を与え、俺自身が自らの行動を肯定するためにそんな事を言ったのだった。自身のやっている事は正義であり、それを遂行するために自己犠牲も厭わない、気高い世親をもっていると自身を騙して、ヒーローのように振る舞ったのだ。くだらないヒロイズムだ。
「助けてくれるんですか?」
「今はまだ無理だ。だが、この状況をしっかりと報告さえすれば助ける事はできる。だから、僕の事は黙っていてくれ」
「どれくらい、いつまで我慢すれば助かりますか?」
「近い内だ」
「具体的には……」
こいつ!
食い下がる子供に苛立ちを覚える。「こうして喋っている事が大きなリスクであると分からないのか」と激昂しそうな気持ちを抑えながら、付き合ってやらなければ埒がないと、俺は相手をしてやる事にした。
「分からないが、必ず助ける。俺を信じてくれ」
「信じます。しかし、あまり時間がありません。うかうかしていると、僕達は死んでしまう」
「これまで頑張って生きてきたのだろう。もう少しだけ我慢してくれ」
「栄養が足りずに、みんな死んでいくんだ。身体の弱い人から……だから僕は……」
合点がいった。
少年は己の腹を満たすのではなく、他の誰かの腹を満たすために倉庫に入ってきていたのだった。だから、こんなにも助けを懇願したのだ。小さい身体で。
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