惑星と巣穴7

 話が逸れてしまった。神がどうだのは、今はいいだろう。確定不可能な存在よりも現実を生きていた異世界の人間についてだ。



 俺は引き続き屋根上から様子見を続けた。

 限られた視界から得られた情報……まず敷地内には建物が四つあって、一つは工場、一つは収容棟、一つは特別官が待機する監視棟、そして一つが、俺が忍び込んでいる倉庫となっている。カメラを設置できそうな物はいくつかあって、先述した様に搬入物のコンテナと、それから工場で使われる運搬用の機材。後は監視棟の設備内にある支給品である。

 監視棟は特別官数人が待機、生活しており、監督する者とセキュリティシステムを管理する者とに分かれていた。いずれもザルだというのは倉庫に易々と人が侵入している事からも明らかで程度が知れている。また、この時の俺は特別官の存在を知らなかったが、倉庫内で聞こえた会話から、管理している人間も元はネストであると推理できた。


 戦後まもなく、ずっと捉えられている者がまともに動くだろうか。飴と鞭によって調教されてはいるが、能動的に、より積極的に与えられた仕事をするとは、到底思えない。



 この様子だと、体制からなにから全て杜撰でまともに機能していないな。



 憶測の域を出なかったが、俺はそう断定。監視棟への侵入を決意した。

 事に当たる前に管理棟までのルートを確認。道程に設置されている監視カメラは旧型で視認できるサイズではあったがセンサーが稼働しており、範囲内で動きがあった場合自動で追尾する仕組みのものだった。さて困ったとなっていたのもつかの間、カメラの精度は低く、何度も明後日の方向に動くのを目撃。寒冷地といえるネストの気温設定に適応する仕様ではなかったようで、寒暖差の気流に反応してしまうようだった。熱源さえ確保できれば意図した方向へレンズを操作できる。管理棟の内部構造を把握できていないのは不安だったが、やって見る価値はあった。情報は多ければ多い方がいい。


 もう一日が経ち夜。コンテナに戻って待機していた俺は音を立てずに屋根上に出て、壁に這っているダクトやパイプを足場にして地面に着地。カメラの死角を通って電源供給用ケーブルを掴み、回路を組み鉄屑に電熱、赤光。それを放り投げるとカメラは予想通りに誘導されていった。証拠品を持ち歩くリスクを承知で、港内で使用した機材を忍ばせていたのが役に立った(また、カメラが全方型でなくてよかった)。

 カメラの隙間を縫って施設内へ潜入すると内部は想像よりも前時代的で、セキュリティ意識も希薄だった。希薄どころか皆無といっていいかもしれない。覗いていた際に分かっていたが、扉には生体認証もカードキーもなく出入り自由。収監棟は見張られていたが他は定期巡回のみ。どうぞ忍び込んでくださいといった具合。罠かと疑った程だ。

 一応、十分に注意しながら中を徘徊していくが、屋内にはカメラすらないため想像以上に堂々と捜索する事ができた。後々になって知るのだが、接収後に建てられたこの施設は基本的な水準のセキュリティ設備を実装する予定だったものの、予算会議で批判の的となり見送られたという経緯があった。ネストの設備は全て国営で賄われているからやむなしである。


 施設内は監視室、宿室、談話室、資料室。そして使われていない空き部屋が幾つかあった。監視室と宿室に入る事は難しく素通りしたが、他は問題なく調べる事ができる状態。順番に調査をしていくも、空き部屋や談話室で求めているようなものを見つける事はできなかった


 成果があったのは、やはり資料室であった。

 棟内の奥に位置する、埃が舞う部屋。中に入ると、小型のデバイスと複数のメモリー。それと、散らばるガラクタが占拠している。

 メモリーは最新のものでも数年前の日付だった。途中までは律儀に整理していたのに突然乱雑になっているのを見るに、都度記録していくのが億劫となり、使えなくなった電子機材といったゴミの一時置き場へと遷移していったのだろう。空き部屋が無数にあるというのにわざわざ資料室へゴミを詰め込んだのは、本来実施しなければならない作業から目を逸らすため部屋の存在を覆い隠す意図があるような気がした。実に無益ではあるが、俺には有り難がった。まともに稼働していないのであれば人が立ち入る可能性も低いし、気配を感じれば隠れる事もできた。まさに願ったり叶ったり。食料と排泄の問題さえ解決すれば長く居座れたのだが、残念ながらどうにかできる案が浮かばなかったため断念。想定通り短期での調査を実施。外の様子に気を遣いながらデバイスでメモリーの内容を確認していく。中身の大半は監視カメラの映像で、ところどころ編集されていて弾圧している証拠にはなり得なかったが、メモリーの中に、ドキュメントファイルが保存されているものを見つける。その内容は、断種、強制労働、信仰の禁止を織り込んだネストの難民保護条約の写しで、当時の大統領のサインがしっかりと記載されていた。非常に重要な証拠物件である。


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