惑星と巣穴6

 ハッチを開けるとやはり倉庫の屋根上に出られ、生暖かい風が当たった。外気排出による空気の移動を風と呼んでいいのかは不確かなところではあるが、正式な名称があったとしても知識として頭に入っていないから風という事にしておく。また、大きな音が響いていて、不快とまではいかないが気になった。


 屋根上は広く平らでカビが生えていた。かつて地上で広がっていた菌糸が巡り巡って宇宙に根付いているというのは感動を生じさせるロマンではある。しかし、俺は人目につかないようそのカビの上を這いつくばっていかなければならないわけである。比較的正しい衛生観念を持っているためその場でしばし固まるも、いつまでもうかうかしているわけにはいかないと梯子を上りきり静かにハッチを閉めて匍匐前進の要領で縁まで移動した。幸いにして監視塔などはなくドローンも飛んでいない。大人しくしていれば見つかる事はなさそうだった。カビと一体となり、縁からそっと顔を出し外の様子を伺う。敷地内には大きな建物が三つあり、うち一つが騒音の発信地だと分かる。音の性質と外見から察するに工場だと推測できるが、この時代に消音機構もなく稼働している事がまず異常だったし、時折建物内から出てくる人間が誰一人としてイヤーマフ、イヤープラグの類を装着していないのも驚いた。建物内で直に鼓膜に響けば間違いなく難聴を誘発する音量である。三半規管に異常をきたす可能性も高い。また、冬場に近い気温にもかかわらず、見える人間全てが薄着であり、地肌は例外なく傷付いていた。中には四肢の欠損、欠落した者も確認できたが、構わず働いている。荷物運搬中にバランスを崩し倒れると、厚着をした人間が飛んできて容赦のない暴行を加えた。呻き声と血飛沫。怒号。どれだけ露悪的な作品であっても敵わないリアルな痛み。フィクションでは到底表現しきれない悪逆が、すぐ先で行われている。虐げられている者に助けはなく、一方的に痛ぶられ、動かなくなると電気警棒によって無理やり起こされて、また痛ぶられた。それを繰り返し、繰り返し、繰り返し、何度目かで、とうとう電気を当てられても動かなくなると、俺がいる倉庫に動かなくなった彼を作業途中の人間に運ばせた。恐らく、死んだのだろう。

 別の建物には老人や子供。作業が不可能であると判断できる欠損者が整列して入っていった。彼らが出入り口から戻って来ることはなく、代わりにズダ袋のようなものが運び出されてまた倉庫に入れられた。それから、倉庫内が振動すると、血と肉の臭いが立ち込めた。倉庫内にあるミキサーで処理され宇宙に、捨てられたのだ。


 様子を見ていると、港の方からコンテナを積んだトラックがやってきて、薄着の人間が次々と降ろされていった。彼らは認可されていないネストに住む人間だった。

ネストは惑星が認めている正規のものとそうでないものがある。前者は公的記録があるもので、後者はないものである。

 非正規のネストは敗戦国の民間企業が独自に開発したものであり、終戦間近に自国民を移住させていた。建前上は希望者に対して企業が独自に行う非難処置との事であったが、実際には市民を乗せたシャトルを同時に発射する事によって撹乱し、お偉方が逃げ出すための隙を作るために行われたのだった。ここでいうお偉方とは政治家などではなく、主に資産家である。政治家の中にも早々に行方をくらました者もいたが、属する政党にかかわらず多くの議員が残り、銃弾、爆弾の餌食となったか政治犯として処刑された。戦争を回避できなかったのは致命的なミスではあるが、潔さだけは認めなければならないだろう。国民からすれば、どうでもいい事ではあるが。

 なお、ネストへの非難を呼び掛けた資産家の多くは惑星に亡命している。つまり、公式非公式問わず、ネストにいる人間のほぼ全ては民間人と言う事となる。当たり前の生活を望む人間が、凄惨な仕打ちを受けているのだ。


 戦争における罪の所在について詳細に語る気はない。それぞれの見解、認識、捉え方があるからだ。絶対的な正義があるわけでもないし、万能な方程式で解が出る問題というわけでもない。全ては人と人とが分かり合えず起こってしまった悲惨な未来という事で結論付けたい。戦争そのものにおいてはどう議論しようが外交上の問題である。

 対して、ネストで行われている非道の数々については別問題だ。如何なる理由があろうとも、人が人を虐げていい理由はない。敗戦国だろうが戦勝国だろうが肌の色が違っていようが崇める神がいようがいまいが、等しく人は人であり平等なのだ。それを犯す事は、何人たりとも、いや、神であっても許されないのである。それを破る大罪を犯しているのは間違いなく惑星側だった。



 

 ……俺は今、“神は”と述べたが、この世に神がもしいたとしたら、何のために存在するのだろうかとふと思う時がある。


 聖書の中で、神は人に祝福を与えている。しかし現実には救われず、全てを呪いながら死んでいくものも確かにいるのだ。


 神はそんな存在に対して何を思うのだろう。この疑問については、どの世界の聖書にも、神の言葉は載っていない。


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