惑星と巣穴5

 証言だけでは薄い。映像記録のような確固たる証拠が必要だ。



 ネストの人権問題是正に向けて動くには絶対的な物的証拠が必要不可欠。誰がどう見ても納得のできるエビデンスを手に入れなくてはいけないわけだが、手元にデバイスはなく、電子機器も持ち合わせていない状況では絶望的だった。それに、この場で撮影したとしてもそれを持ち帰る事は難しかっただろう。どれだけ差別意識が根付いていたとしても、ネストの弾圧が外部に漏れれば、「自分達は知らなかった」と恥知らずな弁明を述べて人権派に同調する国民も増える。ロプロもネプもロンデムも戦争責任を敗戦国に押し付けネストへの差別を是としてきたため、それが覆ってしまうと権力者の首がすげ変わる事必至、絶対に阻止しようとするに決まっている。急がなくてはいけないが、準備も時間もない。この段階で直接的に動く事はまず不可能であったため、具体的に今後の計画を練る事にした。


 まず、前提として証拠を持ち帰る事は不可能である。それを承知のうえ。故に、やるべき事はネストの現状を正確に把握し、かつ後々に撮影できそうなスポットを探していく事。例えば今いる倉庫。ここにカメラを設置すれば虐殺の様子や死体が並んでいる現実を捉える事ができる。運び込む手段としては……コンテナだ。ネストに運び込まれるコンテナに小型のカメラを仕掛ける。これでいけそうだ。

 実行するにはまず物資運搬を指示できる役職と検品を胡麻化すための立場がいる。運送計画を行っているのは外務省。運送は防衛省の管轄であるから、この両省に口を出せる地位につかなければならない。しかしそれはあまりに長期的過ぎる。時間がかかればかかる程被害者の数も増えるしネストの人間の人生も消費されていく。となると、そういった立場にある人間と協力関係を結ぶか指図できるようになるしかない。そのためには、金。金が必要。財務支援を行い、俺の要望を通す。これしかない。まずは会社を作ろう。そうしてネストの問題が表面化したところで政治家へ転向し、差別のない世界を作っていくのだ。起業、経営、献金、計画実行、リーク、政治。このフロー。リークまでは五年で終わらせたい。いや、終わらせる。五年でも遅いくらいだ。五年間ネストの人間は虐げられるのだ。五年間俺はあの老人になにもしてやれないのだ。長い、長すぎる五年間。しかし、やらねばらない。耐えなくてはいけない。五年。五年……




 反芻するように五年という言葉を繰り返す。それは決意と戒めの二つの意味があった。決して諦めてはいけない、やり遂げるという決意。そして軽率な行動により一人の人間を殺してしまった事への戒めである。人類史を見るに、このまま放っておいても五十年後にはネストの人権問題は改善するだろう。根強く差別は残るだろうが、それでも虐殺、人権蹂躙の類は止まるはずである。だがそれでは遅すぎるのだ。五十年の間でどれだけの人間が死ぬか。どれだけの人間の時間が失われるか。それを五年。必要年数の一割で終わらせる事ができれば、あの老人の死を意味あるものに変える事ができる。ならばやるしかないのだ。それが俺の使命なのだから。




 俺は拳を握り、口を閉じたまま叫んだ。未だゴボゴボと溢れ続ける血の音を聞きながら。



 



 外が青白くなってきた。ネストは太陽の周りを公転しているわけではないため、朝夜のパターンは全て人工の光で再現している。

 明かりに照らされ、次第に鮮明に映る倉庫内の光景はまさに地獄だった。夥しい死体の数。新しいものもあれば白骨化しているものもある。壁と床には血の跡、臓物の跡、苦しみの跡。人の命が塵よりも軽く粗雑に扱われている事が分かる。


 俺は、俺のために撃たれた老人の死体を探した。

 思ったよりも近くに、転がっていた。

 腹に風穴が空き、もがいた後が見えた。

 



「必ず、ネストを救います」




 そう呟きコンテナまで戻ると、入口から死角となっている場所に腰を下ろした。誰か来たら即座に隠れられる位置。そこから注意深く辺りを見渡す。屋根にハッチと梯子を見つけた。

 コンテナ上に上れば何とか梯子に手が届きそうだった。ハッチから屋根の上に出られるのだろうと推察。高所から全体を見渡す事ができれば区画の把握や観察ができるが、どこに監視の目があるかわからない。リスクが高い。



 ……




 まず生きる事。それが第一条件だった。

 俺が死ねばネストの情報を世に伝える事ができない。解放のために動く事ができない。生きていなければ話にならない。だが、このまま生きて帰ったところで情報不足は否めなかった。計画が順調に進み、カメラ付きのコンテナを納入できたとしても担当する特別官の蛮行として片付けられてしまう可能性がある。そうさせないためには、組織的な犯行である事を決定付ける証拠が複数必要だった。




 今のままでは救えない。




 俺はそう言い聞かせてコンテナに上って梯子に手をかけた。

 冷たい手すりには埃が乗っていて、長く使われていない様子だった。カメラやドローンによって発見されるかもしれないが、人と鉢合わせる可能性は低いと判断できる。少しだけ安堵し、俺は梯子を上っていった。


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