惑星と巣穴3

「ただいま関係者区画にて爆発音が検知されました。職員が誘導いたしますので、落ち着いて避難してください。繰り返します……」



 アナウンスとともに避難誘導が始まるも素直に従う人間ばかりではない。一刻も早く港から立ち去ろうとする者、おろおろと右往左往とする者、必死に子供の名を呼ぶ者、立ち往生する者など千差万別。想像以上の大混乱に罪悪感を覚えながらも、"目的は手段を正当化させる"と都合よくマキャベリズムを唱えながら貨物室へと向かった。補給艦への積荷がまだ残っている事を確認し、俺は一旦室内の死角に潜んだ。爆発事件が起きたのだ。絶対に検品に来ると踏んでの待機。一時的でも作業員と同じ部屋で短くない時間を過ごすというリスクはあったが、この段階で見つかっても「怖くなって駆け回っていたらこの部屋に着いた」という言い訳が立つ。俺の姿は子供であるから、相手も怪しまないだろうという公算である。



 二時間程経過すると、案の定空港職員と軍人が複数人現れて手早く物資を確認していった。「やってられないですね」「皆様に怪我がなくてよかったです」というような会話の中には緊張感がなく、半ば惰性で作業は行われていたが、さすがに軍人の方は愚直に検品を行っていた。俺が貨物に隠れて艦に忍び込んだ事が露見したら彼らの立場はなくなるだろうから、もし見つかっても「気付いたら艦の中にいた」と言って誤魔化してやろうと思った。それでも、何人かの首が飛ぶ事態ではあるが。



 作業が終わり人がいなくなったのを確認し、俺は貨物コンテナの一つに侵入(中は果物で腐りかけていた)。息を潜めていると振動と共に動き出し、宙に浮いている感覚があった。補給艦に搬送されたのだ。

 港内で調べたからか、それともそういったフローがないのか、艦内でコンテナが開く事はなかった。天然のジャムに塗れながらの渡航は虫なら天国だったろう。

 糖と腐液によってベタつきながら、俺は自らが引き起こした偽装テロがどのように報じられているだろうかと思いを馳せた。所在地が特定されないよう通信用デバイスは故意に港に落としたためニュースなどは観られない。"港で爆発音。男児一人が行方不明"などといった表題で賑わっていればいいのだが、もし全てバレていたら帰還した瞬間更生施設行きは確定。できれば娑婆で過ごしたいなと思いつつ、いつの間にか、次に向かっているネストについて想像が働いていた。




 どれ程の差別と悪逆が行われているのかしっかりと確かめてやる。




 俺は、ネストで行われている非道が直視できる程度のものだろうと甘く見ていた。




 ズドンと大きな衝撃があって一瞬無重力となる。その後、すぐさま発生した、先までとは質の違う重力。着港直前、港の重力圏に入るため艦内の重力装置は停止される。補給艦の挙動に俺は、ネストへの到着を察知した。

 念のため果実の山を掘って籠り待っていると、上昇していく感覚があった。クレーンで吊り上げられているのだ。そして、慣性を伴う持続的なエネルギーを体感する事によってトラックに載せられた事を知る。三十分の走行を終えるとまた吊り上げられて、乱暴に置かれて制止。外でコンテナが置かれていく音が聞こえた。倉庫に搬入されたのだ。


 音が止んで外の気配がなくなると、俺はようやくコンテナの中から這い出た。周りは暗く、極寒なのにじめじめとしていて、何かが腐ったような異様な悪臭が立ち込めていた。


 光源もなにもない、本当の闇。そんな中で後先考えず歩き出してしまったのは迂闊だった。少し離れただけで方向感覚を失い、潜んでいたコンテナまで戻れなくなってしまったのだ。

 仕方がないため直進をしていく。コンテナは倉庫の奥に詰め込んでいったと予想されるため、壁を伝っていけばいずれ戻れるだろうと思い、注意を払いながら進むも、何かに足を取られて転倒。声が出そうになったが何とか耐え、俺は小さく溜息を吐いた。


 しかし、本当に声が出そうになったのはここからだった。


 転倒し打撲した自分の身体を触ると、濡れているのが分かった。水たまりか、それとも果物の汁かと思ったが、どうも手触りがおかしい。液体はべたりとして、柔らかく、ほのかに弾力のある異物が一緒に付着している。


 そして気が付く。その液体と付着物から、周囲の悪臭と同じ臭いがするという事に。


 恐る恐る、躓いた物体を触ると、冷たく、固い、厚みのある平らな塊だった。そのまま掌を這わせていくと、細い円柱のような形状となり、次に、何か生えている、ボールのような形状の部位となった。




 まさか、そんなはずはない。




 そう言い聞かせながら、恐る恐る両手で球体に触ると凹凸があった。上部に窪みが二つ。中央に出っ張りが一つ。そして、そのすぐ下に穴が空いていた。



 疑念が確信へと変わった。

 俺が掴んでいたのは、人間の頭だった。

 躓いたのは、人間の死体だった。

 倉庫には無造作に死体が置かれており、トラックに轢かれて内容物がミンチとなって散乱していたのだ。


 腰が抜け、這いつくばって逃げるようにその場から離れる。手の平や膝がじわりと湿っていき、服越しに人間の一部だったものの感触が伝わって、そしてまた、大きな塊に手が触れた。今度はぐずりとした感触だった。腹の中身が出た死体のようだった。かつて感じた事のない恐怖と嫌悪に、俺は狂ってしまいそうだった。



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