惑星と巣穴2

 ロンデムの一般的な家庭に生まれた俺はハイスクールを卒業しユニバーシティへと進学した(高校、大学と記載しないのは当時の呼び方そのままに書いているからである)。

 専攻は政治学であり、国際関係論などについて学んだ。その中でネストについても何度か触れたが、決まって、先の大戦を引き起こした枢軸国の残党であるものの人道の観点か移民先を提供したといった説明がなされているだけであった。要は、支配に対する正当性ばかりが主張され、彼らを虐げるのは罪人に対する罰と同じであるという乱暴な論調が展開されているに過ぎないのだ。中にはこれを強く非難する個人や団体もあったが、国民感情がなびく事はなかった。平和に暮らしている人間達は再び争いが起こる事に酷く怯えていたし、かつて平和を乱したとされるネストの人間を恨んでもいた。そこへ国家による情報統制がなされれば、簡単に彼らを許すという気持ちにはならないだろう。


 詳しくは知らないが、ネストの人間は虐げられて然るべき。


 そんな国民意識がなんとなくの支配に繋がり、関心が向かないまま年月が経った。マスコミが問題提起でもすればまた違ったのだろうがそんな事はなく、誰もが情報を求めてはいなかった。臭いものには蓋という諺がしっくりとくる。


 それ故にネストについて調べるのには難儀した。エストの時と同じく、子供の頃から知識吸収と世情調査のため新聞などを読み漁っていたのに、断片的な情報しか得られなかったのだ。差別されていると判断はできたが、具体的な内容や証拠がまるで残されていない。実態を知るには現地を訪れる必要があった。実行に移したのはハイスクールにも入っていない頃。年齢にして十二の時分である。そう易々と渡航できるわけがないので、違法に潜入するしかなかった。ネストへ運ばれる物資に潜むのである。




「おばあちゃんの所へ行ってくる」




 俺はロンデルで両親役をやってくれている男女二人にそう伝えてシャトル港へと出かけた。祖母役の老婆はネプに住んでいて「たまには遊びに来い」としきりに連絡を寄越してきていたので都合がよかった。両親役の二人はあまり乗り気ではなかったため、快く一人旅を許可してくれたわけである。ロンデムからネプまで光速航路で約二時間。名古屋人が「ちょっと東京行ってくる」と言うのと大差ない心配御無用な宇宙旅行に保護責任の義務は自然と弛んでいた。彼らには、大変申し訳ない事をした。



 シャトルの発着所に着くと、俺は予約してあったシャトルには向かわず、見るからに観光といった様子であたりをうろつきまわった。ネストへ行くための下準備である。

 ネストへ物資を届けるのは軍の管轄であり、運送にも軍の補給艦が使われているため、セキュリティ設備を突破するのは骨が折れるどころの騒ぎではない。地球とは比較にすらならない技術で設計された軍用艦である。並大抵では触れる事すら叶わない。ドアには生体センサーが取り付けられていて即座に乗員照会がされるし監視システムも万全。プロフェッショナルでも難儀する造りを前にどうしたものかと考えた結果、港内で爆破事件を起こし、どさくさに紛れて補給艦に侵入し密入国してやる事にした。


 市販のエネルギーパックは防犯対策が施されていて、下手に弄るとオンラインで通報されるためアナログ形式での爆破を計画。火気の類を自前に用意すれば足がつくため素材は現地調達である。観光客を装って歩いている最中、港内に使われている発火性の金属素材を密かに削りケースの中にまとめ、それをトイレの電源部分に組み込み回路を作成。誰かがウォシュレットを使えば軽い爆破が起こるという仕掛けを施す腹づもりだった。

 この時代のアンバニサルは個室にもセンサーが付いており、不審な挙動を検知すればリアルタイムで確認されるし実際に問題があった場合は録画映像で検証が行われるのだが、それは利用者用の場合である。スタッフ、従業員用のトイレはザルとなっていて、裏でいかがわしい動画が出回るくらいに危機管理が徹底されていなかった。

 専用区画へ入るためのゲートには補給艦と同じく生体センサーが実装されていて、これを突破するのは至難となるが、それはあくまで機械を相手にした場合の話。セキュリティシステムそのものへのアプローチは不可能だが、それを扱う人間が不完全であれば、つけ入る隙はある。港内の清掃はアウトソーシングされた民間の業者が請け負っていて、中年から老年の女が掃除用具一式とゴミが入る密閉式の電動キャリーを引き連れて担当のフロアを掃除している。

 このキャリーに忍び込んで隙を見て脱出し、トイレに爆発物を仕掛けるというのが、俺の考えた作戦である。


 キャリーの構造は製品ページで確認。ビニールでも被っていれば、例え途中で蓋を開けられても誤魔化せると踏んでいた。誰がどこを担当しているのかもリサーチ済み。現代日本にもいたが、毎日同じ風景を撮影し続けてそれをアップロードするという奇特な奴がいる。案の定、港内の動画をひたすら移動しながら撮影している人間の動画が何本も上がっていたのでこれを参考にした。関係者フロアの清掃は三人。誰がどの曜日に出勤するかも特定。万全の状態。結果、作戦は想定以上にいとも容易く遂行され、港はパニックに陥ったのだった。



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