宇宙世界アンバニサル

惑星と巣穴1

 アンバニサルは三つの人工惑星と小規模型居住用宙域生活機によって形成されている。


 人工惑星はそれぞれロプロ、ネプ、ロンデム、小規模型居住用宙域生活機はネストと名付けられていた。


 人工惑星の規模は三つとも地球の三割程度。三十の国が割り当てられていて人口は合わせて三十億人。つまり一惑星につき十国十億人の計算となる。

 ネストは公式数で四百機。非公式なものを含めれば更に増えるが正式な数は不明。一機につき凡一万人が生活している。規模を考えれば、全人類を人工惑星に収容する事は可能だったが、そうしないのには理由があった。



 アンバニサルにはかつて一つの自然惑星があった。科学技術は地球の数倍進んでおり、特に機械工学に優れ、ハードに関しては天と地ほどの差があった。溢れる叡智が如何なく発揮され、先進国においてはまさに絵に描いた近未来そのままの光景が広がっていたそうだが、人間はどこまでいっても人間であり争いは絶えず、四回目の大戦によって母星に致命的な損傷が与えられた。結果、宇宙への移民が必要不可欠となり。勝利した国々が人工惑星へと移り住み、残りはネストへ押し込められたというわけである。

 人工惑星はテスト前であったため当初は様々な問題が発生していたがそれも過去の話。俺が転生した頃には概ねの問題は解決されていた。ソフトのバグは走らせながら運用し何度目かのパッチで完全修正(したように見えるが実際はどうなのか不明)。大気、酸素、水、植物は地球と同じように自然発生させる事に成功(本当かと疑問もあったがどうやら本当に本当のようで本当に驚愕を隠し得なかった)。燃料は核融合炉による擬似太陽(安全面については毎日の如く論じられているが代替案は決して出てこない)の力で賄っていた。地球との差異は重力くらいなもので、惑星に住む人々らは、多くの技術者の血と汗と時間内外労働によって母星と変わらぬ生活水準で暮らしていく事ができていたのだった。これはあくまで、惑星に住む人間限定の話である。


 前述の通りロプロ、ネプ、ロンデムは戦勝国の人間が居住しており、多くが些細な幸福と不幸を享受し平和に暮らしていた。その裏でネストに住む者たちは厳しい締め付けを受け、管理と処理をされていた。出生制限、強制労働、宗教の禁止、教育の禁止、資産の所有禁止、飲酒禁止、喫煙禁止、間食禁止、電気など夜間の生活機の一部機能停止、老人や障害者の処刑など、人権をはじめとした自然権の大半が剥奪されていたのだ。人間の所業ではない凄惨たる扱いにより、彼らが人間として生きていく事は難しかった。昼は過酷な労働。夜は極寒の中、服の着用も許されずに硬い板の上で眠る。病気を患えばそのまま死に、四肢に欠損が出ればそのまま死に、狂ってしまえばそのまま死に、反抗すれば殺された。

 彼らは虫でも動物でも植物でもなく、紛れもない人間であったが、惑星に住む者達は、それを忘れていた。ネストの人間は人の形をした別の生物のような認識であると、誰もが共通の認識として持っていた。




 そんな悪逆な世界で、幸運にも俺はロンデムに生を受けた。

 はっきりというが、この世界の構造を知った時、ネストに生まれなくてよかったと安堵してしまっていた。昔の露悪的なSF作品を彷彿とさせる悪夢が実際に行われているなどゾッとする話だ。現実世界の社畜生活やエニスであった差別など可愛いものである。


 戦争も終わり不自由のない人生を謳歌できるというのにどうして世界的な拷問が行われているのか。その答えは「なんとなく」だ。

 敗戦国として虐げられているネストは隔離され、人工惑星の人間から遮断されていた。惑星にいる人間はネストと交流を持たず、政治家ですら一部の人間しかその実態を知らない。その一部の中の過半数においても、たまにシャトルで飛んでいって港内を見て回って得られる程度の知識しか持ち合わせていなかった。ネストの人間がどうなっているのかは主に改竄された報告書上で把握する。報告書を書いているのは特別官という役職を持ったネストの人間であり、彼らには一部の権限が貸与されている状態となっている。現場を管理し、取り締まるのも特別官の役割だ。特別官はそれを喜んでやっているのだから救いようがない。


 惑星の人間は間接的にしかその状態を知らないままに悪逆非道を是としている。まるでアイヒマンテストだ。特別菅にいたっては全てを知っているのにもかかわらず、その立場を守るために惑星側にとって都合のいい人形であり続けていて、この辺りも実に醜悪な現実である。特別官が醜いのではない。そうならざるを得ないシステムが、下劣極まりないのだ。

 


 かつての俺であればこの不合理な世界に対して目を背けるばかりであったろう。だが、エニスでの経験が、ハルトナーとの出会いがそうさせなかった。この不条理を解決するために尽力し、世界を正さなくてはならないという強迫観念のような意思が、情勢を知った俺に生まれたのだ。




 ネストの自由を取り戻さなければならない。

 



 というような事は決して口外できなかったため、目標を旨に秘めながらひとまず政治家への道を志す事にした。目指すは人権派議員。右でも左でも赤でもなんでもいいが、国民の国民による国民のための政治を作り上げるべく、俺はまた、お勉強を始めるのだった。



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