エニス1

 銃の実践配備は速やかに行われ、ジャマニから世界に浸透し、各国の戦線を押し上げていった。


 その威力は凄まじく人類側は一方的に魔王軍を殲滅。戦地には無数の銃殺死体が築かれていき死屍累々といった情報が紙面を賑わせた。これまでの数倍の速さで侵攻されればお得意の物量も意味をなさず、無限に湧いては無限に殺されていくという、敵にしてみれば地獄の沙汰。事態が戦争からダックハントへと変貌したと知ると魔王軍は拠点防衛に専念し各所で籠城を決め込んだのだが、それもガトリングガンの斉射で陥落。次々と要所が攻略されていき、いつの間にか終戦という形に落ち着いたのだった。

 人類の勝利を報じる新聞には「救世主。平和の立役者」とズィーボルトの記事が大きく掲載されて、俺の名は端の方に、その他一名として書かれていた。どうでもいいと言い聞かせながらも、もしかしたらズィーボルトについて記載された部分がそのまま俺に関する内容になっていたかもしれないと思うと、ほんの少しだけもったいないなという気持ちにならなくもなかった。未練がましい事だ。


 ただ、そんな呑気な事もすぐに考えられなくなっていく。


 政治、経済、外交。戦争によって停滞していた内政と外政が急激に活性化していって毎日は目まぐるしく変わっていったし、戦後復興の影に多大な闇が生まれ、これも向こう百年に渡るであろう大きな問題として残る事となった。例を出すと戦災孤児や詐欺、補償関連の諍いなどの事象である。大きな災いは去ったがその余波は長く、もしかしたら永遠に続いていくかも知れなかった。

 また、物価が下がり、新たな発明や娯楽が広まると市中はにわかに活気付き、景気の向上に伴って商売に勤しむ平民が金を持つようになると、伝統や品位といったものの影響力が下がっていって、世界には新たな価値観が広がっていった。資本主義の流れである。

 新たな潮流が波及していったのは宗教や対外関係など様々な要因が複雑に絡みあった結果なわけだが、やはり大きな要素は金である。中には「民衆の金至上主義化が招いた悲劇」だと批判する輩もいたのだが、新しい時代に移ろうとする時には必ずそういった声があがるもので、特に聞く価値のある意見はなかった。



 このように時代は変わりつつあった。

 戦争が終わり人々に日常が戻っていくと、ジャマニではこれまで抑圧されていた力が原動力となり復興の中で平民の権利、市民権が認められていった。

 貴賤による差別撤廃については戦中にも動きがあった。ザクセン男爵をはじめとした人権派の貴族が働きかけていて、俺が住んでいた辺境の地においても「平民と貴族の差がなくなるかも」といった話が出ていたくらいである。けれど、力を持った平民は少なかったし、いたとしても貴族に飼われていたため、実際のところは貴族の定めたルールに則った平等が敷かれていたに過ぎなかった。平民は、そのルールによって苦しめられてきたのだ。ハイルナー家、ズィーボルト家、シュタイン家。その他、俺が交友していた貴族連中が皆穏健だっただけで、横暴を働く連中の方がはるかに多かった。それが戦後の混乱によって力を失い、ルールが作り替えられようとしていた。



 その変革の真っただ中で俺は、ズィーボルトの助手という形で平民主体となる社会の推進と浸透を進めていくための組織に参画していた。



 出資者は銃の生産で大成功したシュタイン。責任者はズィーボルト。特使としてザクセン男爵。そして顧問にハルトナー伯爵を迎えた。シュトルトガルドの名士が集まったこの組織は入るだけで名誉とされていたのだが、営利目的での運営ではないため報酬は低く多忙。俺は現代日本で生きていた時と変わらず、神学校卒業者としては異例の低待遇で働いているのだった。

 もっともそれは俺自身が望んだ事であったから誰かに文句を言うわけにもいかない。たまにズィーボルト会った際など「恐れ入ります。食うに困っているのですが」とオブラートに包んで賃上げ交渉をするくらいはしていたが、そんなものだ。業務内容はそれなりに大変で、市民が困っている事態には率先して介入し解決に努めなければならなかった。肉体労働もあれば事務手続きもある。眠る時間も削って仕事にあたらなければ処理できない程の案件を抱えざるを得なかった(そもそもそれまでの人生で長い時間の睡眠をとっていなかったためすっかりショートスリーパー体質となっていたが)。

 俺はずっと市民のために働いた。辞めたいと思う時もあったが、その度に踏み留まり、「もうそこ師頑張ろうと」と自己を奮い立たせていた。幼い頃にハルトナーが言ってた、貴族と平民の溝を取り除くという目的を叶えるためにである。


 俺は、俺の生涯をハルトナーのために使うと決めていた。

 亡き友のために、彼がやりたかった事、果たしたかった夢を叶えると決めていたのだ。


 志は半ば、だが、時間はある。滅亡する未来を回避したエニスで、少しでも人々の暮らしが豊かなものになるよう、人生を賭して取り組むつもりであった。




 その目的を剥奪されたのは、戦後一年が経とうという頃である。。





「ちょっと出てきます」




 仕事の合間、昼食を買いがてら、仕事の関係で教会に寄った際の事。一歩礼拝堂に入ると、俺は突如として謎の光に包まれ、気が付けば謎の空間に立っていたのであった。




 俺はその空間を知っていた。

 そこに誰がいるのかも、知っていた。




「どうも、お疲れ様で」




 ニヤニヤと挨拶をしてきたのはコアだった。俺がやってきたのは、奴が住む特異点である。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る