この日だけ5

 デモンストレーションが一通り終わると、誰が言ったか「茶を用意しています」との声があり、汗ばむ陽気の中、卓を囲ってカップを手に取った。各々和気藹々と雑談に興じる中で俺は緊張の中にあり、シュタインも同じく居心地が悪そうにぎこちない動きでティーカップを上下させていた。こういうところは俺とよく似ている。




「それにしても素晴らしい。これ程の威力があれば戦況の有利は画定的なものとなるだろう。戦争が終わる日も近いな」


「ありがとうございます。銃の使い方は全てマニュアル化してありますのでスムーズに運用まで持っていけるかと存じます。なお、差し込んである各パーツのイラストはフィッシャーが担当いたしました。未だ無名でパトロンもついておりませんので、この機会に是非覚えてやってください」



 フィッシャーをアシストしたつもりはない。単に、彼が弩の派閥にも属していないという事を証明する必要があっただけだった。けれども当人は気を利かせてそんな事を言ったと思ったのか、にこやかに俺の肩を叩き、無造作に立ち上がったのだった。



「改めまして、ヴィルヘルム・フィッシャーでございます。マニュアルに差し込んだイラストは版画で量産したわけですが、今回、その版画を使い銃のイラストのみをカードにしてまいりましたので、皆様お持ち帰りください。さ、どうぞ」



 フィッシャーがポストカードのようなものを配って回ると、皆「ははは」とあからさまな作り笑いを浮かべていた。何枚かはゴミ箱へ投げられ焼却処分されただろう。



「また、資料のテキストはハイスラーが独自に作った活版印刷機により印字しております。彼は独自に新聞なども配布しておりまして、その行動力と想像力を買って今回協力してもらいました」



 ついでにハイスラーの実績についても紹介しておいた。意図も何もなく、本当についでである。




「おいおいやめてくれよ親友……しかし、ま、せっかく今回、このような企画に参加できたわけでして、私自身もまったく光栄でございます。また、皆様のような素晴らしく尊い方々にお目見えできた事、このトマス・ハイスラー、大変栄誉に思います。つきましては名前だけでも覚えていただきたく、またできるのであれば、卒業後に私の力を使っていただければ幸いでございますので、今後ともどうぞ、よろしくお願い申し上げます」



 ハイスラーの名売りもオーバーで、やはり「ははは」という笑いが生まれていた。感触は非良好だったかもしれないが印象には残っただろうし、マニュアルに製作者として名前を入れとおいたから、何かあれば声が掛かるだろう。

 どちらにせよ俺には興味のない事で気楽に眺めていられたわけだが、話の方向が俺に移るとやはり肩に力が入るのだった。




「オリバー・ロルフ。貴殿の功績は大きい。銃の実戦配備が行われ戦局が動けば、多大な名誉が送られるだろう。しかし肝要なのはその後。名を馳せよしとするのか、名に恥じぬ生き方をするかでその人間の価値が決まる。私は生涯において貴殿の功名が絶えない事を望んでいるわけだが、どうかな。神学校を卒業後した後の事は考えているかな」



 シュトームから熱烈な薫陶をいただく気配がした。こういうのは苦手であった。何故なら俺は、そういった期待に応えられない事を知っているのだ。

 こんな事をもしヘンリエッタに言ったらまた怒られそうであるが、俺は本当に駄目な人間で、表舞台に立つような役割は演じられない。人にはそれぞれ領分というものがある。それを弁えているから俺は、過度な結果を求められるとどうしても委縮し、語頭に「あ」と付けてしどろもどろとなってしまうのだ。



「あ、恐縮でございます……私などはまだまだでございますし、平民ですので……」


「随分と卑屈だな貴殿は。これだけの事をやって何を卑下する。返って嫌味に聞こえるぞ」


「あ、そういうつもりはないのですが……」


「だいたい平民も貴族もあるか。銃の威力は私を含めてここにいる全員が確認済みだ。戦争を終わらせられるかもしれない兵器を作った人間に対して貴賤の差で栄誉の有無が決められてたまるか」


「……」



 シュトームは貴族でありながら前戦に出る事を志願して多大な功績をあげ、若くして異例の出世を遂げた男である。その性質は勇猛果敢で清廉潔白。優れた戦術眼に加えて戦略にも長けており、まさに人類の希望たる人間であった。その彼が言うのだから、本来ならば、俺は身に余る栄誉を授けられたのだろう。しかしそれは、このまま銃が正式採用されていればの話である。





「将軍。そういうわけにもまいりません」




 技術局の人間が、静かに俺とシュトームの間に割って入った。




「……どういうわけにはいかないというのだ」


「ご存知でしょう。審議は貴族によって行われます。平民が開発した兵器では……」


「馬鹿な! 戦局が変わる発明だぞ! それを貴族だ平民だというくだらぬ理由で闇に葬るのか!」



 シュトームの怒号が晴天に突き刺さる。銃撃と変わらぬ勢いで人の耳に入り、辺りの人間は皆こちらに視線を注いだ。



「感情的になられては困ります。貴方とて分かっておいででしょう。この国の政治を」




 そう、この技術局の男が言った事こそ、俺が最も懸念していた事態なのである。権力者というのは、自分達より下に見ていた者に光が当たる事を決して認めはしない。例え世界が滅んだとしても、汚してはならない領域があると信じている人間が必ずいるのだ。




 どうしたものかな。




 俺は依然口論を続ける二人を見ながら他人事のように考えた。



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