新生活1

  案内された神学校の宿舎は古かったが汚れなく綺麗だった。



「明日の入学式までは自由にしていただいて結構です。市街を見て回るのもいいでしょう。ただし、羽目を外し過ぎないように」


「分かりました、ありがとうございます」




 案内された教師が出ていったのを確認し、俺は荷物を置いて備え付けの椅子に腰を下ろした。

 合格してから三か月後、ガタゴトと馬車に運ばれ俺は入学式前日に二度目のシュトルトガルドに到着していた。別れ際に両親役の二人や学長から感動的なお言葉をいただいたが、あまり面白くないので割愛する。



 学生宿舎と聞いて相部屋を覚悟していたがまさかの一人部屋で気が楽であった。プライベートが確保されているのはありがたく、誰彼が寝ているからといってランプの灯を隠す必要がない。夜でも大いに勉学に耽られるというものである。

 俺は神学校に入ってからもこれまで通りの学習生活を続けると決めていた。銃の発明について執着が薄れたとはいえ、ただ神学校に入ったというだけでは兵役が免除されないかもしれない。成績と実績を残し、誰かしらの後ろ盾がなければ安心はできなかった。

 勉学は何とかなると思っていたが、問題はコネである。貴族とのパイプはザクセン男爵、ズィーボルト、会った事はないがハルトナー伯爵と繋がっていたものの、この三人に「戦争に行きたくない」などと言おうものなら失望軽蔑のうえ縁を切られてしまうだろう。強力なカードだがまだ切れないため、学校生活の中で他の有力貴族と懇意になる必要があった。結果を出すのは前提でしかない。その次に進むには他者の力を借りなければならないのだ。

 現実世界の日本において、大学時代真面目に勉強に打ち込む学生より毎日遊び歩いている人間の方が好かれやすく就職活動も有利になるという教訓が古来より廃れる事なく語り継がれている。これはコミュニケーション能力と社会性の構築。そしてパイプ作りに、いわゆる遊びが重要であるという話であり、単に好き放題やっていた方が将来に繋がるという意味ではない。結果も大切だが認知される活動もしなくてはならないという事だ。俺は現実世界で一流大学を卒業しても就職先がなく非正規雇用でその日暮らしをしているという人間を何人か見てきた。彼らは仕事ができるし文句も少ない。なんなら人並みに上昇志向や承認欲求があるのに、コミュニケーションがほんの少しだけ劣っていたため、能力に見合わない労働をしなければならなかった。例えば対話で思った事、考えている事を上手く話せなかったり、他者を恐れて壁を作ったり、必要以上に自虐的になったりといった事象が見られた。

 まっとうな脳と経歴があるにも関わらずそれが生かせないのは非常にもったいなく社会の損失であると感じていたのだが、世の中にいる人間はそんな風に思っていないようで、彼らを使い捨ての部品のように考えていた。俺は「彼らはお前より余程有能だぞ」と毒づいていたがそれを伝える事はなかった。何故なら俺も彼らと同様にコミュニケーションが劣っていたからである。違うのは俺の経歴がゴミであったという点だったが、エニスでの俺は、オリバー・ロルフは名門校への入学を果たしたのである。彼らと肩を並べたといってもいいだろう(近代と中世の教育水準については触れないでおく)。


 俺は彼らの生き辛さを教訓にし、上手く立ち回って地位と名声を手にして徴兵を回避してやろうと心に誓ったのだ。勉学。交友。学校生活。この三つの要素を同時に攻略しなければ幸福な人生は得られない。神学校入学はゴールではなくスタートラインであった。時間は無駄にできず、常に必要なアクションを起こさなければ明日はない。



 腰かけていた俺は部屋を出た。向かった先は市街ではなく図書室である。

 余談を許さない状況で今何をすべきかと考えたところ情報収集という結論に至った。これまで住んでいた集落は辺境過ぎて入ってくる情報の量も鮮度も悪すぎた。大都市シュトルトガルドであれば、最新の内容がすぐに分かるだろうという算段である。


 駆け足気味で進んだせいか予想よりも早く図書館に到着。大きな扉を開いて中に入る。一周ぐるりと回り、新聞を手にして着席。知りたいのは戦況と政治である。人類と魔王軍の戦力差、今後の方針、ジャマニの経済状況、国民の支持、有力議員、知りたい事は山ほどあったが、ともかく今置かれている状況と接触すべき人物について知識が必要だった。




 魔王軍後退!

 ハルゲン西部において、ジャマニ軍が魔王軍を退けた。複数人による命を懸けた突撃によって敵部隊は分断。戦意が削がれたのか撤退を開始し、我が領土を奪い返す事に成功。なお、名誉の戦死を遂げたのは以下の通り……



 人類優勢! 敵主力艦隊を撃沈!

 アトランティシャー海域においてイースペイニア軍の無敵艦隊が大躍進を見せた。

 昨年から展開されていた魔王軍の艦隊が昨日轟沈。同隊の撤退を確認したとの報告が人類統括西方支部より入った。戦果をあげたのはイースペイニア軍第三艦隊。通称“無敵艦隊”と呼ばれる部隊であり……



 ザクセン男爵、戦災孤児に支援発表

 ザクセン男爵は自身の運営する戦争被害救済団体の資金から六千メルクの支援を発表した。同団体の支援発表は今年三度目であり、過去に行った活動はいずれも履行され国民から大きな支持を得ている。男爵は今後も支援を続けていくと述べており……





 ……新聞に目を通す。なるほどプロパガンダ。あてにならんなと溜息を漏らした。


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