進学2
「オリバー!」
休日に家に乗り込んできたのは学長だった。随分慌てているあたり、何があったかおおよそ察した。
「こんにちは。神学校から結果がきたのでしょうか」
「そうとも! とうとうだ! 合否連絡と書かれた手紙を見てドキリとしたよ! あぁ、運命の日がきたのだなと!」
「まだ中身は見られてないのですか?」
「君と一緒に思ったんだよ。さぁ、開けてみせてくれ」
学長は息を切らしながら丁寧に梱包された手紙を俺の前に出した。羊皮紙の巻物ではなく本物の紙を使った封筒である。俺はそれを受け取り「分かりました」といってシーリングスタンプが押された封を開けた。
「あぁ! そんなぞんざいに情緒なく開封する人間がいるかね! もっと丁寧に、そっとやりなさい!」
「すみません。早く見たかったもので」
「まったく、君の強心臓ぶりは私の寿命を縮めるよ」
強心臓などではない。気が気でなかった。早く結果を見て、かかっている重圧から逃れたかった。ご丁寧に時間をかけて神に祈る時間も耐えられない。即時確認しなければ精神がいかれてしまうプレッシャーの下に俺はいたのだ。
「それじゃあ、確認しますね。はい」
俺は遠慮なく、勢いよく。潔く封筒から紙を引っ張りだした。手触りのいい、高級な紙質だった。
「だからそんなに雑にしないでくれたまえ!」
「すみません」
言うだけただの「すみません」。謝罪する気も余裕もない。折り目を広げ、中身を確認。合否の結果は……
「……どうだった?」
「……」
「オリバー、どうだったんだね? 合格したかい?」
「……」
「オリバー!」
「あぁ、すみません。少し呆けていました」
「さっきまであんなに素早く処理していたじゃないか! どうして結果を読み上げる時だけそんなに遅いのかね!」
「すみません。僕はもう読んでしまったので」
「自分勝手が過ぎるぞ!」
自分の事を勝手にして何が悪いのか。とはいえ、ここまで合否通知を持ってきてくれたのは学長であるから、一応また「すみません」と謝っておいた。
「それで! 合格か不合格か、どっちだね!」
「……樹木は長い年月をかけて少しずつ成長し、年輪を増やしていきます」
「……?」
「一年に一度、幹が一回りずつ大きく、太くなって輪が重なり広がっていく。年輪を見れば、その木がどれだけ生きたか分かるそうです」
「何をいっているんだオリバー。合格なのか!? それとも不合格なのか!? どっちなんだ!」
「同じ種類でも早くして枯死してしまう木もあれば、何百年と成長を続ける木もあります。これは環境によるものであり、豊かな土壌と沢山の日光。そして十分な水分によって、樹木は長く成長が続けられるというわけです」
「オリバー! 君が何を言いたいのかさっぱり分からないのだが!」
「まぁ落ち着いてください。この手紙を読んで僕も大きな樹木のように、しっかりとした環境で成長していきたいと思ったんですよ。素晴らしい環境で、一年一年、年輪のように知識を増やしていきたいと」
「……つまり?」
「合格しました」
「……素晴らしい!」
学長をおちょくっていたのは解放感と達成感から酒に酔うよりもはるかに陽気となっていたからだ。よく分からない前置きと例えを用いたのも脳内物質により酩酊状態に近づいていたからだと思う。喜びのゲージが振り切れておりなんだかおかしな状態となっていたのだから、これは仕方ない事である。
「さっそく皆に報告だ! 今日は宴をするぞ! 何が食べたいオリバー! なんでも言いたまえ! 私が用意してやる!」
えらく上機嫌な学長に対して遠慮気味な返事をして帰ってもらい、俺は自室へと戻った。父親役の人間は仕事。母親役の人間は洗濯をしに川へ行っている。家には俺一人きり。ひとまずベッドに座り、目を瞑った。思い出される数々の記憶。エニスに転生し、「あー」と間抜けな声をあげながら成長して学校に通い、ハルトナーと友達になって、勉学に励み、ズィーボルト一家とアデライデと出会って、マナーを学び、体力をつけ、お泊り会をして、ハルトナーと別れて、憎きエッケハルト・フライホルツに拉致監禁され、入学試験を経て、俺はようやく神学校に合格できたのだ。
長かった。
実に長い十余年だった。
現実世界で生きた時間の三分の一にも満たない年月だが密度は比較にならず、ずっとずっと必死だった。こんなにも努力したのは生まれて初めてであり、結果を出した経験もなかった。
俺はこの時、確かに感動していた。
やればできるじゃないかと、自分自身を認められていた。
これまで「どうせ俺は駄目だ」と諦めていたのに、この日だけは素直にやりきった自分を好きになれた。自尊心が満たされた。現実世界では得られなかった感覚が、俺に「生まれてきてよかった」というかつて抱いた事のない考え方を呼び起こさせた。
「いいじゃないか、この世界」
誰もいない部屋で呟いてしまった。俺という人間が認められた、俺の努力が報われた、エニスに、執着が生まれた。銃を作って戦争を終わらすという目標は、以前よりも霞んでいた気がする。
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