試験5

「実技試験は一人ずつ順番にお呼びいたします。まずは教室を出て右側一番奥にある別室でマナーを、その後運動場に出ていただき運動の実技を行います。内容についてはその場でご説明いたします。質問などあればこの場でお伺いいたしますので、挙手をどうぞ」


「はい!」



 勢いよく右手を挙げる人間が一人。服装からして平民であるが、ありありと不満の表情が読み取れ、こいつが何を言いたいのかおおよそ察する事ができた。



「実技試験があるなど伺っていないのですが」


「要項に記載しておりませんので、ご存じない方もいらっしゃるかなと思います」


「それでは公平性欠くのではないでしょうか」


「なぜですか?」


「受験者に知らせていない試験を実質しては、元から知識のある人間が絶対的に有利だからです。また、中には実技試験があるとご存知だった方もいるでしょう。そこで対策の有無が生じる。これは不公平ではございませんか」



 耳が痛い。



「なるほど。それで、結論としては何を仰りたいのですか?」


「実技試験の中止。あるいは実技の採点比率を下げていただきたい」


「それはできかねます」


「何故でしょうか」


「……まず貴方は、実技を知らないと申されましたね」


「はい」


「私達は、マナーや運動能力は人に備わっていて当然のものであると考えています。それができないというのであれば、即ち入学資格がないと同義。もし貴方がその当然を理解できないようであれば、残業ながら受験資格なしという事となります」


「そんな横暴な! 貴族はともかく、平民がマナーなど知っているわけないでしょう! それこそ漏洩した情報を元に対策をしてきた人間くらいしか!」



 耳が痛い



「そうお考えなら、お帰りください」


「帰りません! 納得できません!」


「であれば、試験をお受けになっていただければと思います」


「だから、そのために配慮してくださいと言っているんです!」


「それはできません」


「何故ですか!?」


「できて当然の事だからです!」


「だからそれは貴族の当然であって!」


「そうお考えなら、お帰りください」


「話にならない!」


「左様でございますか。私も丁度同じ事を考えておりました。これ以上この問答に時間を割いては試験に差し支えますので、受けるか辞めるか強制退室か、お選びください」


「ふざけるなこの貴族主義者! こんな不公平が許されるものか! 僕は断固として……!」




 質問者は違反者として認識され入り口に待機していた人間に連れて行かれた。脱落者一号である。



「はい。静かになったところで、皆様に誤解が生じぬよう言わせていただきます。まず、マナーとは相手を不快にさせない思いやりが形式化したもの。意味もなく行われるものではなく、全ての動作、順番、立ち振る舞いに目的がございます。マナーは人間性。それができないというのであれば、人としての価値を疑わざるを得ません」


「……」


「また、得手不得手があると心得てはおりますが、運動についても日常の中で生きていれば最低限の能力は培われると考えております。それがないようでは話にならない。特に今は戦時。何が起きてもいいよう日頃から体力の強化は行っていて当然だと考えております」



「……」



「マナーも運動能力も日々の生活で身につき発揮されるもの。試験だから、点が付くからと言って殊更に努力して体得する者ではございません。ご理解いただけていない方もいらっしゃいましたが、この場にいらっしゃる聡明な皆様にはご承知いただけるものと信じております。では、他に何かある方は?」



……




 異論を唱える者はいなかった。

 水を打ったような静けさの中、全員に緊張が走っていた。有無を言わせない試験管と淡々と処理されていった退場者に言葉を失い、改めて自分達が試されている立場であると実感したのだ。油断はできないと、誰しもが思っただろう。



「いらっしゃいませんね。結構。それでは、私から見て左側の方々から順番に始めていきましょう」




 試験開始。試験管から見て左側。俺から見て右側の先頭にいる人間がいつの間にか入ってきていた案内役に連れられて退室。二分程経つと、同じ試験管が戻ってきて二人目を連れて行った。中々のハイペースに戸惑うも深呼吸して平常心。乱されては受かるものも受からなくなると自分に言い聞かせる。


 だが自己暗示ではどうにもならない。息を吸い込んでも肺が膨れていく感覚がなく苦しい。自律神経の乱れが顕著になってきたのだ。過呼吸の手前である。冬なのに汗が流れ出し手足が痺れ出した。一人、二人と数が減っていく。俺の番までまだまだあるが解消する気配なし。痙攣する手指では精密動作がままならなず落第確実。なんとかしたいがなんともならない。手を閉じたり開いたり息を止めてみたりしても変わらず。いっそ突っ伏して仮眠したかったが起きられるか自信がなかったし、試験官はこの場にいる。心証を落としてしまっては最悪である。なんとかならないかと首を振っていると、アデライデと目が合った。



「……」


「……!」



 噴き出しそうになり、笑いを堪えようと身体の向きを変え手で口を覆う。

 何があったのかというと、目が合った瞬間。アデライデが大変おかしなお顔をなさってこちらを凝視してきたのだ。俺は勿論、たまたま彼女を見ていた人間も被害に遭い必死に声を殺して震えている。その状態がますますおかしくなって、俺は妙な咳払いを何回もして誤魔化していたのだったが、ほどなくして呼吸が正常になっている事に気が付いた。アデライデは俺の異変を察し、助けてくれたのだ。あぁ、なんという博愛精神、友情の厚さ。ハルトナーはいなくなってしまったが、こんなに友達甲斐のある人間が側にいた。感動である。

 俺はジェスチャーで礼を伝えようと、もう一度アデライデの方を見た。



「……」


「……!」



 今度は先程と違うパターンで顔を変えてきた。間違いない。あいつはきっと、笑わせるためにやったのだ。俺を助けるためじゃなかった。クソだ。



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