試験2

 率直に述べると俺は小心者でプレッシャーに強い方ではないから試験などというものを平常心で受けられるかどうか疑わしい。ペーパーテストだけならばまだしも、面談とマナーと体育実技が問題だ。完璧に記憶し身体に刻み込んだはずなのに、いざとなったら動けなくなってしまうのではと、一歩進む毎に不安が押し寄せてくる。神学校までの道程はおおよそ十分。その十分の間に、朝の快調は一転して抑鬱状態となり、全身が重かった。



「すみません。本日試験を受ける者ですが」



 神学校に到着した俺は敷地に入ってすぐの中庭に設けられた受付にいる人間に話しかけた。



「推薦状の控えを見せてください」


「はい」


「はい、ありがとうございます……あぁ、ズィーボルト様がご推薦された方ですね。お待ちしておりました。奥へ進んでください」


「ありがとうございます」



 推薦状の控えを見せると受付の顔色が畏まった様子になった。やはり。ズィーボルトの名前の効果は抜群のようだった。


 エッケハルト・フライホルツは拉致監禁事件解決の後、自らの罪は認めたものの断固として辞退誤報告の申請を送らなかった。「このままではオリバーの人生が駄目になる」とは奴の弁であり。書類一式作成すれば集落追放で手を打つという学長の説得も虚しく奴は逮捕される道を選んだ。隣町にある小さな豚箱でケチな犯罪者と一緒に収監されしばらくは臭い飯を食うとの事だったが貴族であるため、刑期は随分短いそうだ。


 個人的には奴がどうなろうがどうでもよかったし、別に長い間牢獄に閉じ込めていてほしいというわけでもなかった。どの道学校を卒業したら顔を合わせる事もなくなる。関わり合いさえ持たなければ、取るに足らない人物。どうなろうが知った事ではない。問題は推薦自体をどうするかという点に尽きるのである。事情を説明すれば試験を受ける事はできただろうがさすがに心証が悪い。問題行動を起こした教師の推薦者が、歴史ある神学校の生徒として相応しい存在なのかという疑問は当然向けられる。受験に参加できたとしても、最初から減点か、あるいは加点が少ないなんて事も想定される。それでは他の受験者と比べて難易度が段違い。狭き門がより通りづらくなっては俺の目標達成も危ういというわけだ。



 ここで出てきたのがズィーボルトである。



「あまりやりたくはなかったが、他に手がないのであれば仕方がない」



 ズィーボルトはそう言って神学校向けに一筆書いてくれたのだった。


 これについて、俺が「なぜやりたくなかったんですか」と聞くと「公平性を損なう可能性がある」との答えが返ってきた。自分が推薦すれば試験が形骸化しかねないという懸念が、ズィーボルトにはあったのだ。

 実際そこまでの影響力が彼にはあった。当時は半信半疑だったが、人格面でも成果面でもズィーボルトを崇拝する人間が多い。試験官の中に彼を信奉する人間が混ざっていても不思議ではない。確かに、縁故入学決定というような印象を受ける。だが、残念ながら現実はそう優しくはなかった。ズィーボルトは贔屓厳禁。公正な判断を望むと記載し、試験の結果と実技の様子を全て記録し送るようにと指示していた。合格しても彼の判断基準にそぐわない場合は即刻辞退となるわけである。俺としては縁故入学望むところで、公平性や権威などまったくどうでもよかったのに、固い事だ。



「庶民ロルフ。君ならまず間違いなく受かるだろうが、慢心はしない事だ。備えを怠る程愚かな事もないぞ。まぁ、君の場合は用心のし過ぎで駄目になってしまう事もあるかもしれないな」



 これは集落を出る際、見送りにきたズィーボルトから掛けられた言葉である。分かっているのであれば裏口からの入学を認めてくれてもいいだろうと思った。まぁ、過ぎた話だ。







 受付の案内通り奥へ進むと広い部屋に机と椅子が並べられており、何人かの受験者が既に座っていた。俺は監視員と思われる人間に「どこに座ってもいいですか?」と聞くと、「いいや、こちらで示指を出す」と言って真ん中近くの席に座らされた。それなら入ってきた時に誘導すればいいし、受験票か何かで番号でも振っておけばスムーズじゃないかと不満を覚えたが、もしかしたらこれも試験の一環かもしれないと思い気を引き締めた。



「試験開始までは自由にしていていいが、極力私語など控えるように」


「分かりました」



 俺は静かに着席して筆記用具の準備をした。紙や本、羊皮紙の満ち込みは禁止されているため、頭の中で聖書の内容を唱える。ジャマニ語でもリンガ語でも内容は完全に暗記していて、全ページ記載しろと言われても特に躓く事無く正確に解答できる自信はあった。反対に、相変わらず数字には苦手意識があり、大幅な改善は見られたものの余談は許さなかった。



 他の人間と差が付くとしたらそこだろう。もはや神に祈るしかあるまい



 困った時の神頼み。エニスの神の気前がいい事を切に願い、俺は聖職者になったつもりで聖書の暗唱を続けた。



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