神学校へ24
そう、どれだけ生まれ変わろうと人格は変わらない。俺は異世界に転生する前からずっと利己的な人間だった。
会社では「優しい人」とか「頼りになる」とか言われていたが、奴らは何も理解していない。俺が彼らに親切を働いていたのはショッピングカードのポイントを貯めるのと同じ。感謝を集めて、ここぞという時に還元するためだ。時に上司や客から無茶な依頼があると、俺は「頼むよ」とこれまでの感謝を消費する旨を同僚に伝える。すると、健全な人間であれば「君が言うなら」と快く助けてくれるというわけだ。邪悪なる“情けは人の為ならず”の精神。細かな気配りがいざという時に自分に返ってくると、心の奥底でしてやったりという気持ちになる。そうとも。俺は常に打算的だ。誰にどれだけの事をしてやったかいちいち覚えていて、どの程度のお返しが期待できるのかを計算している。矮小ここにありといった具合に偽善的。その偽善を、ジャマニでも積み重ねていた。故に言葉には実績が伴っており、虚偽であると疑われるような軽率や空々しさはなかった。誰もが俺を善人と信じる。そう、エッケハルト・フライホルツであっても例外ではないと信じていた。
「それは大変立派な事です。君らしい、素晴らしい理想だ」
期待通りの態度に思わず顔が緩みそうになった。ここで表情を緩ませてしまったら一巻の終わりと引き締め全身に力を入れる。強張った筋肉がわなわなと戦慄き、丁度感情を制御できない子供が振り絞って独白をしているような演出となった事だろう。ハルトナーが言う通り戯曲の一つでも作り主演すればそれなりの評判はあったかもしれない。
この迫真の演技で俺は切り抜けたつもりでいたのだが、それでも相手はエッケハルト・フライホルツ。理屈の通じない人間の思想を手に取る事などできなかった。
「けれど目的のために誤った手段を用いるのはよくない。やはり君は今一度自身を鑑みて生活を改めるべきだ。そのために私は動く。学長と君の両親に相談して君の無茶を正すよう話すよ。それで、子供らしい生活をするために改善活動を進めていく。今は納得いかないかもしれないけれど、大人になって君に子供ができれば分かるようになる。いいね」
エッケハルト・フライホルツは子供の人権を踏みにじる邪悪な行動をすると宣言した。さも俺が自分の所有物であるように、歪曲した眼鏡で見据え、誤った認識を疑いもせず、最悪の愚行を実行せんとし、それを承知するように強要したのだ。これは教師の立場を利用した職権乱用といわざるを得ない。
「先生は、教師という役割に従って、僕の行動を悪だと断じるわけですね」
「違う。違うよオリバー。人間として、君を正しく導きたいんだ」
「であれば何故学長や両親に話をする必要があるのですか。本当に人間として導きたいと仰るのであれば、その身一つで僕に教えを説けばよろしいじゃありませんか。先生は僕を正したいわけじゃない。自分の言いなりになる子供にを作りたいだけだ」
「オリバー。そんな風に邪推するものじゃない。せっかく聡明な知識も悪に染まったらそれはまったく価値がなくなってしまう。それだったら、いっそ知識なんてない方がいい」
「論点をすり替えないでください。何故ご自分だけで僕をどうにかしようとしないのですか。一人として向き合い、ご自身の正当性を主張して説得を試みるべきではないのですか」
「時には劇薬も必要だからさ。理屈や道理じゃないんだ。人生の問題なんだよオリバー」
「それは先生の思想でしょう。全てのものが当てはまるわけじゃない」
「そうかもしれない。だけどねオリバー。私は自分が正しいと思っているんだ。だから、もし私が間違っていると言うのであれば、君が大人になる過程でそれを証明できるよう考えてほしい」
「つまり、何があろうと今回の事は問題にするというわけですか」
「君の言い方を借りればそうなる。だけど誤解しないでほしい。問題にしたいわけじゃない。何度も言うけれどオリバー。私は君の生き方を正したいだけなんだ」
エッケハルト・フライホルツに折れる気配はなかった。それどころか、ますます決意を固くしていく様子が伺えた。正義という大義名分を掲げた弾圧である。かくなるうえは奴がやったように、こちらも権力をチラつかせた政治的な交渉を行う他ない。
「本当に、僕の生活を縛り付けるつもりなんですね」
「縛り付けるなんて言い草はやめてくれないか。規則正しい生活を送ってほしいだけだよ」
「言い方なんてこの際どうでもいい。先生は僕を従属させるために教師という立場で命令を下そうとしている。より強い強制力を得るため、学長さえ利用して」
「……分かった。君がそう考えるのであれば、そういう事にしておこう。僕は君に命令する。言う事を聞くように、学長に頼んででもね」
「であれば、僕にも考えがあります。ハルトナーの父君……つまりハルトナー伯爵から学長に口添えしてもらって。僕の自由を保障してもらいます」
「それは……」
エッケハルト・フライホルツは半開きの口を覗かせた。間抜けな表情に胸がすく思いがした。
実際にハルトナーの父親が動くかは分からないが、シュトルドガルドの名手の名は抑止力として強力である。ジョーカーとしてこの上ない。
「……オリバー。君はそれでいいのか。貴族の名を出して規範を覆すなんて、悪辣だとは思わないのか」
エッケハルト・フライホルツの失望したような声。負け惜しみである。
「先生が言えたことじゃないでしょう。教師の立場を利用しようとしていたくせに。今後、僕には関わらないでください」
とうとう本音が出てしまった。不眠で疲れ果てていて頭が回らなくなっていたからだろう。俺は感情に任せてエッケハルト・フライホルツを拒絶した。エッケハルト・フライホルツは特に何を言うでもなく、その場から立ち去った。
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